もありはせぬ、自分だけの独自の道を歩くのだ。自分の一生をこしらへて行くのだ。
 小林にはもう人生をこしらへる情熱などといふものはない。万事たのむべからず、そこで彼はよく見える目で物を人間をながめ、もつぱら死相を見つめてそこから必然といふものを探す。彼は骨董の鑑定人だ。
 花鳥風月を友とし、骨董をなでまはして充ち足りる人には、人間の業《ごう》と争ふ文学は無縁のものだ。小林は人間孤独の相と云ひ、地獄を見る、と言ふ。
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あはれあはれこの世はよしやさもあらばあれ来む世もかくや苦しかるべき (西行)
花みればそのいはれとはなけれども心のうちぞ苦しかりける (西行)
風になびく富士の煙の空にきえて行方も知らぬ我が思ひかな (西行)
ほのほのみ虚空にみてる阿鼻地獄行方もなしといふもはかなし (実朝)
吹く風の涼しくもあるかおのづから山の蝉鳴きて秋は来にけり (実朝)
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 秀歌である。たしかに人間孤独の相を見つめつゞけて生きた人の作品に相違なく、又、純潔な魂の見た風景であつたに相違ない。
 然し孤独を観ずるなどといふことが、いつたい人生にとつて何物であるの
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