けでワキ目もふらずに本を読みつづけている学生が、いかにも人間という高尚なまた尊厳なものに見えたほど適切そのものであった。
 牛は五尺七寸五分、二十三貫五百の体躯があった。八百メートルはこの県のNo2で、二分一秒八の記録をもち、また柔道三段であった。一般に両立しないものとされている競走と柔道を牛に限ってなんの制約も感じることがないようにやりこなしていた。そして頭の悪いことでも、この大学では指折りだ。彼は非常に勤勉で、努力家であった。そして一心不乱に試験勉強も怠らなかったが、彼が三年かけて為しとげた成果は、まだ試験を受けたことのない新入生と殆ど変りがなかったのである。
 教授会で彼が話題になったとき、誰かが言った。
「しかしだねえ。彼は酒を知らず、タバコを知らず、映画を知らず、ダンスを知らず、パチンコを知らず、女を知らず、しかも飽くことなく校門をくぐり必ず教室に出席しとるよ。何年おいても同じことだね。したがって、四年目には静かに校門より送りだすべきであろうと思う」
「アプレの模範だな」
 と誰かが相槌だかマゼッ返しだか分らないことを云った。するとまた一人が、
「果して彼は目的があって校門を
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