を運んでくれるような親切は再び期待できないだろうと考えると、あじけない思いになるのであった。
「オレが結婚して、子供ができて、小学校へあがるころになれば、朝晩ここへ握り飯をとどけるぐらいの親切はしてくれるかも知れないな」
と空想した。
用をすまして戻ると、光也はいくらか手紙のことを考える気持になった。手紙は父の手中にあったので、彼はそれをとりあげて読み返した。要するにバカバカしい手紙であるが、気分的に悪くないものを感じた。
「これを書いたのは女だろうか」
「女だったら、どうする気だ」
「アンタは錠をたてて早く帰ってくれ」
「この罰当り」
父は手紙をひッたくり、立腹して扉に錠をガチャガチャとおろした。
それから数日後のことである。
日が暮れてまもなく、光也がハーモニカを吹き終ると、
「光也さん」
遠慮がちに呼ぶ声がきこえた。若い女の声であった。
「誰だ?」
返事がなかった。光也は不承々々格子のところまで出かけていった。あの手紙の女だろうと考えた。しかし、若い女が夜間ここまでやってくるということはいかなる事情にしても過剰すぎる行為に考えられたので、彼は親しむ気持が起らなかったのである。
「アンタは誰だ」
女はやはり返事をしなかった。格子の隙間から風が吹きこんでくるばかりで、その向うに誰かが存在しているような様子はなかった。ソラ耳だったかと彼は思った。その方が理にかなったことに思われた。
「そうだ。誰もくるはずがない」
思わず彼が呟くと、ややすねた声がそれに答えた。
「ここに来ているわよ」
思いだせない声だった。もっとも、彼には親しい女の友達もいない。わけが分らなくて沈黙していると、女が云った。
「ここへ手をだして」
「どこ?」
「ここ」
女は格子をカチカチ叩いて場所を知らせた。
「手がでるもんか。指が一本通るだけだ」
「格子のところへ手をひらいて当てといて下さればいいのよ。いい?」
「いい」
「ハイ」
格子の隙間から何かがポロリと手に落ちた。場所がややずれていたので、手に当って下へ落ちた。光也はそれを探して拾った。
「これ、何?」
「キャラメル。好き?」
「好きだ」
「じゃア、手をだして」
女は指でキャラメルを押しこんだ。そこにちょうど光也の掌があった。すると女はその掌に指を当てたまま、しばらく引ッこめようとしなかった。
氷のように冷い指であ
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