うか、と迷う様子であったが、
「もちろん、皆さん御承知でしょうが、ニンシンなさっていましたからね。いろいろと、そうでしょうね。思い悩んでいらしたんでしょうよ。とにかく、普通じゃなかったですよ」
「どんな風に、でしょうか」
「話の途中に知らんぷりして立っちゃったり、自分で話しかけといてプイと行っちゃったり、そうかと思うと、こっちで話しかけないのに、なアにイなんてね。そして時々高笑いしていましたね。今日は自動車にひかれるところだったなんて仰有ってましたが、そんなことも有ったでしょうよ。あれじゃアね」
四
女友だちは四人しか分らなかった。
最初に訪ねた克子は、まだ海水浴から戻らなかった。往復している手紙からでは、克子が特に親しいようであった。
二人目の修子の住所は学校の寄宿舎だ。記代子は罹災して京都へ疎開し、そこの学校をでたから、友だちは京都の娘たちなのだ。学校は夏休みだから、修子は寄宿舎にいる筈がなかった。
「ひょッとすると、京都へ戻っているのかも知れない」
そう考えて、修子の本籍を調べようかと思いたったが、失踪の動機が、長平の上京を煙たがってのせいらしいと思われるのに、京都へ行くとは考えられない。
「京都なら安心だから」
そう結論して、京都はほッとくことにした。
三人目も京都。これも学生で、帰省中であった。
四人目の敏子はまだ勤め先から戻らなかった。文化住宅街の中でもやや目立つ洋館であるが、居住者の標札だけでも違った姓のが五ツ六ツ並んでいて、内部はアパートの入口のように乱雑だった。
敏子の母は神経質でイライラしていた。彼女は放二の言葉をウワの空できいていたが、
「まだ勤めから戻りませんよ」
つめたい返事であった。ちょうど勤め人の帰宅する時刻であった。
「もうじきお帰りでしょうか」
と、きくと、敏子の母は益々冷淡に、
「毎晩おそいですよ」
「幾時ごろですか」
「人の寝しずまるころですよ」
そうおそくまで遊んでくるのでは、夜は会えない。
「ではお勤め先でお目にかかりたいと思いますが、お勤め先はどこでしょうか」
敏子の母はとうとう怒りだした。
「女の子のあとを追いまわしてどうするの。いやらしい。お帰り。相手にしていられやしない。忙しいのに」
ブツクサ呟きながら、さッさと振向いて去ってしまった。
放二はそれ以上どうすることもできなかった。もう一度、克子を訪ねるほかに手段がない。社線、省線、社線と、又、一時間半ほど廻らなければならない。
克子はまだ海から戻らなかった。
克子の父母はフビンがって、彼を室内へ招じてくれた。
「こちらのお嬢さんも京都の女学校の御出身ですか」
「どうして?」
「今まで廻ったお友だちが、そうですから」
「克子は疎開前のお友だち。たしか、二年まで、ご一しょでしたわね」
しばらく世間話をしているうちに、克子が疲れて、もどってきた。
克子は、茶の間の青年が、記代子の行方をさがして、彼女の帰りを待っていたときいて、不キゲンであった。
彼女は黙りこくッて、考えこんでいたが、
「ねえ。会社の御用なんて、嘘でしょう」
「いいえ。なぜですか」
克子は薄笑いをうかべた。
「嘘にきまってるわ。記代子さんがサボッたのに、急用だなんて。昼間だったら、それで人をだませるけど、もう夜よ。会社はひけてるでしょう。サボッた記代子さんも家へ帰ってるわ。なぜ記代子さんちへ行かないの。家に居ないからでしょう。行方不明だからでしょう」
五
「ずいぶん御心配らしいわね」
克子の冷笑はするどかった。
「とうとう家出したのね。無軌道ね。記代子さんらしい結末だわ。ニンシンしていたんですものね」
目をあげて、放二を嘲笑した。
「そんな失礼なことを」
母親はハラハラして、
「あなた、記代子さんの行先に心当りはないのですか」
「知らないわ。十日ほど前に、会ったけど、お茶ものまずに別れたわ。最近は、そう親しくしていないのよ」
これ以上きいてもムダだと放二は思った。
「ほかに記代子さんの親しいお友だちは、どなたでしょうか」
「どこを捜したんですの?」
放二は今までの経過を説明して、
「京都へ帰省中の方が二人で、在京中の方はこちらと、木田敏子さんと仰有る方、お二人だけなんです。木田さんはお帰りがおそいそうで、お目にかかれなかったのですが、勤め先をおききしたのですが、教えていただけなかったのです。木田敏子さん御存知でしょうか」
克子は冷淡にうなずいた。
「勤め先を御存知でしょうか」
克子はプッとふきだして、
「あなたは、ダメね。とても、捜しだせないわ。私の部屋へいらッしゃい。説明してあげるわ」
克子は放二を自分の部屋へ案内し、自分は茶の間で食事をしてから、お茶と菓子皿を持って上ってきた。
「家出したんでしょう?」
「ええ」
「なぜ、なんとかして、あげなかったの。無責任な方ね」
「ぼくは、会社の同僚にすぎないのです。あの方の愛人ではありません」
克子は疑って、
「嘘つきには、教えてあげない。私、あなたの名、記代子さんにきいたことあるわ」
「ぼくはお友だちにすぎないのです」
克子は疑わしげであったが、放二のマジメさを認めたようでもあった。
「じゃア、本当なのね。五十ぐらいの人だって。十日ほど前に会ったとき、ダタイのお医者知らないッて、きくんですのよ。教えてあげたの。お友だちにきいて」
「その病院は、どこですか」
「忘れました」
克子は鋭い目をした。
「あなた、病院へ行くつもり? そして、どうなさるのよ。ダタイなら、もう、退院してるわ。すべてが、終了したんです。なくなったの。過去が」
放二はうなずいた。
ダタイして入院中なら、心配することはない。しかし、そうなら、青木が知っていそうなものである。
克子も考えていたが、
「金曜日からなのね。三日、四日目。ダタイにしては長すぎるわ」
克子はうかぬ顔だったが、気をとり直して、
「私の知ってるの、それだけだわ。最近は親しくしていなかったから。敏子さんにきいてごらんなさい。勤め先、教えてくれなかったの、当り前だわ。新宿でダンサーしてるんですもの。大胆不敵なのよ。会社とダンサーかけもちだったんですもの。今は会社クビになって、ダンサー専門らしいけど」
と、ホールの名を教えてくれた。
六
新宿はごったがえしていたが、もう二十二時であった。
ダンスホールの切符売場で訊ねると、
「木田敏子? ダンサーですか? 誰かしら。本名じゃアわかんないわ。まって下さい」
美青年の一得であった。女の子の一人は、イヤがる風もなく、気軽に奥へ走りこんだ。
相当の時間またされたが、その償いのように、女の子は息をきらして戻ってきて、
「わかんない筈だわ。キッピイさんのことじゃないの」
先ず同僚に向ってこう報告すると、キッピイさんは有名人とみえて、女の子たちは顔を見合せて笑いだした。そして、意味ありげに、放二の顔を見た。あらためて、放二に興味をもちだしたようである。
駈け戻った女の子は窓口に首をのばして、
「その方はもう二ヶ月も前から居ないんです。もっと前になるかしら?」
「メーデーの翌日から」
「そう。忘れ得ぬ夜の出来事」
彼女らは声をそろえて笑った。
「何かあったんですか」
と、放二がきくと、駈け戻った子は目をふせて答えなかったが、ほかの一人はノドがムズムズする様子で、しかし直接放二には答えず、同僚に向って、
「あの人、共産党なのかしら?」
「うそよ。はじめはイタズラだったのよ。笑いながらデモ演説のマネしてたのよ。マダムが叱ってから、怒っちゃって、闘争演説はじめたのよ」
「そうでもないようよ」
「そんなことなくッてよ。ただの酔ッ払ッたアゲクよ。だけど、マスター行状記、バクロ演説、痛快だったわ」
「キッピイにとびかかったのね。あのときのマスター、ゴリラだわね。キッピイのクビ両手でつかんで、ふりまわしたのよ。フロアへ叩きつけちゃったわ」
「そのときサブちゃんが飛びだしたのね。ダブルの上衣グッとぬいでね。見栄をきったわね。ただの一撃。それからは入りみだれて、敵味方わかりゃしないのよ。てんやわんや」
「サブちゃん、凄いのよ。女を狙うと、あれですッて。キッピイ、もう捨てられたって話」
話に一段落がついて、一同は口をつぐんだ。要をつくしたのである。あとは放二の質問は一つしかなかった。
「今でてらッしゃるホール、わからないでしょうか」
「ええ。それなんですけど」
女の子は分別くさげに目をふせながら、
「それをききだすのに時間くッちゃッたんですけど」
女は又、口をつぐんだ。それから、
「よした方がいいですわ」
と、言った。
「どうしてですか」
女はわざと困った顔をして、
「だってねえ。よくないことなの。きかない方がいいわ」
「ぼく、御迷惑はおかけしないと思いますが」
女の子は思いきった顔をした。
「キッピイには悪いヒモがあるんですッて。グレン隊の中でも特別のダニ。とても悪性よ。ノサれちゃうわ」
放二は笑って、
「ノサれるような用件ではないのです。あの方のお友だちの住所をきくだけですから」
女の子は喫茶店の名と図をかいて、投げだすように放二にわたした。
七
放二は地図をたよりに喫茶店をつきとめた。同じような店が露路の両側にならんでいて、まよいこんだ放二を見ると、どの店からも女がでてきて、よびとめたり、手を握って引きこもうとした。
めざす喫茶店で、よびとめた女に、放二はきいた。
「お店に、木田敏子さんという方、働いていらッしゃいますか」
「木田敏子? 誰のことかしら。ええ。探してあげるから、遊んでらッしゃいよ。私じゃ、いけないの?」
同じ店から、三人の女がでてきて、放二をとりまいていた。一人がこう云って、敏子のことなど問題にしていないのを、他の二人も気にかけなかった。
「ビール一本、のんでよ。すると、あなたの恋人が出てくるわよ」
「木田敏子さんは、ぼくの知り合いではないのです。どんな方か、お目にかかったこともない方なんです」
「いいわよ。そんなこと。あなた、アプレゲールでしょう。わけの分らないこと、云うもんじゃないわ。ビール一本のんでるうちに、いろんな話ができるじゃないの。その人も、出てくるわよ」
三人は放二のからだに手をかけて、つれこもうとした。放二はふと気がついて、
「その方は、ダンスホールにいらしたときは、キッピイさんと仰有ったそうですけど」
それをきくと、三人は目を見合わせた。放二のからだにかけた手も、自然に力がゆるんだ。
「じゃア、よんできてあげるわ」
一人が、こういって店へはいると、他の二人も放二から離れて、戸口の陰へ身をひいた。
背の高い娘がズカズカと出てきた。気色ばんでいたが、放二の顔をみると、意外な面持であった。
「誰よ。あんたは?」
放二は名刺をさしだした。
「大庭記代子さんと同じ社のものですが、社で、大庭さんに急用ができたのです。あいにく、大庭さんは休暇中で、家にも居られず、居どころが知れないのです。明日の朝までに、捜しださないと、困ることがあるんですけど、こちらへ立ち寄られなかったかと思いまして」
キッピイは、さえぎって、
「ここ、どうして分ったのよ」
「樋口克子さんにおききしたのです。大庭さんのお友だちのみなさんに訊いてまわっているのです。どこにも立ち寄っておられません。ここでおききしてごらんなさい、という樋口さんのお話でした」
「あの人、ここ、知らないわよ」
「ええ。以前いらしたダンスホールで、ここをおききしたのです」
キッピイは納得したようだった。記代子や克子にくらべれば大人びていたが、荒れ果てた感じの奥に、同じぐらいの幼いものは、まだ残っていた。
キッピイは心持、一歩、放二に近づいた。
「どこを、探しまわったの?」
放二に、ふと、疑いが閃いた。彼女は記代子の失踪を知っているのではないか、と。
「大庭さんの宿の方から、お友だちの名を四人おききして、
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