けるまで、神宮外苑をグルグル歩きまわっていたのである。始電がうごきだして、新宿駅で別れたとき、疲れきって、物を言う力もなかった。
 そのときも、記代子は怒った。数日間、放二に話しかけなかった。
 深夜から夜の明けるまで外苑を歩かされたのだから、怒るのもムリがないと思っていた。しかし昨夜はそれほどのことではない。けれども、怒っているとすれば、アパートを見せないせいだ。
 そんなことで怒られるとは、放二は悲しいことだった。
「君は奥さんがあるのかい」
「は?」
 放二はビックリして顔をあげたが、
「いいえ」
 長平を見つめて、答えた。
 澄んだ目だ。弱々しい目だが、正しい心と、よく躾けられた情操がみなぎっている。こんな澄みきった目の青年を疑るなんて、オレもどうかしているなと長平は内々苦笑した。
「記代子がそんなことを疑っているらしいのでね」
 長平は笑った。
「どうも、娘がさ。人に女房があるかないか気に病むなんて、怪《け》しからん話だがね」

       三

 しかし長平は笑ってすますワケにもいかなかった。
「君は御両親がなかったのだね」
「ええ。一人ぼっちです。ぼくは棄て子なんです。
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