船を横づけにするだけでタクサンなんだからね。いくらでもない工費なんだが、その工面がつかないのさ。ぼくの数年はその苦闘史さ。こんど立候補するのも、そうする以外に築港を完成する手がないからだよ」
青木は再びカラカラと高笑いした。まるで立候補の抱負と高笑いをきかせるために会見しているかのように、その時だけは生き生きと見えるのだった。
また長平はちょッとむかついて、
「話の本筋にふれないかね」
「まアさ。ぼくの夢だって、きいてくれよ。数年の苦闘史をね。受難史だよ。仕事は外れる。女房は逃げる。来る時には一とまとめに来やがるからなア。なんど首をくくりたくなったか知れないよ」
青木はまたカラカラと笑った。そして、
「ナア。長平さん。ビールをのもうよ」
にわかにグニャ/\と構えをくずして、なれなれしくビールをさした。
五
長平はなるべく腹を立てないようにと、自制するのに努力した。
「受難史はいずれ承ることにして、別居のテンマツをきかせたまえ。もっとも、君が語りたくなければ、ぼくの方はこれ幸いで、ききたいと思ってるわけではないがね」
「まアさ。長さんは相変らず堅苦しいね。それ
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