十万円をフトコロにでかけてきたが、フトコロに金があるうちは、まだ、いろいろなことを考える。その金で転地をすすめてくれたせつ子の気持も気にかかるし、せつ子の厚意が十万円にこもっていると思えば、みすみす詐取とわかっているエンゼルの軽薄な気持を比較して、もどかしさを感ぜずにもいられなかった。
 エンゼルの人を小馬鹿にしたような詐欺的な申出に応じることが、正しいことだろうか、と気にかかりもする。
 しかし、真剣な申出だから応じるという区別の立て方にはウソがある。第一、真剣と、真剣でないものとに、本当に区別を知る人があるだろうか。いったい、真剣とは何だ。そんなものに、どこに特別の値打があるのか。今日は真剣でも、明日は真剣ではなくなるかも知れない。今日は軽薄なエンゼルでも、明日はそうでなくなるかも知れない。ウソと云えば人の心は全部がウソ。どんなにバカ正直の大マジメな心でも、ウソの裏ヅケはちゃんと在るものだ。
 エンゼルの申出が軽薄だから。みすみす騙されるだけだから。そういう言いがかりをつけて金を惜しむのは不当である。だまされることは問題ではない。信念の心棒になるのは、自分の心だけである。そして、二
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