が、一日上京を延ばさないか」
 と、クドクドとからみついたが、長平はとりあわずに上京した。
 それから半月とたたないうちだ。
 礼子から、青木と別れて実家へ帰った。自分の思いはあなたでイッパイだという意味の長々しい美文の手紙が長平にとどいた。
 一日おくれて、青木から、事業のヤリクリがつかなくなったから、五十万円貸してくれ、自殺一歩手前で歯をくいしばってる云々、という走り書がまいこんだ。

       三

 長平は礼子の恋文と、青木の借金状と、二通ならべて、異様な思いに悩んだものだ。
 二つの手紙が時を同うして舞いこんだのは、偶然だろうか、夫婦談合の手筋の狂いからだろうか、と。ナレアイの離婚というのは悪意に解しすぎるようだが、根の深い別居だとも思われない。ちょッとした不和のハズミだろうと考えた。仲のよい夫婦だったのだ。
 しかし、二人の別居と、借金の申込みと、無関係なのだろうか。どう考えても、この結論がつかない。ともかく、愉快ならざることではあった。
 礼子はその後十通ほどの一通は一通ごとに露骨な恋文を長平に送ったが、返事がないので、三度、京都まで訪ねてきた。長平は居留守をつかって
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