しあげたのに返事がないと云って不思議がってるんだ。君の手もとに届かないんじゃないかなんて心配してたぜ」
「いや、もらってる。だがね。文筆商売の人間は筆不精で、実用記事以外書けないから、時候見舞の返事は書けないのだよ」
と答えておいた。
それから半月もたたないうちに、礼子から激情のこもった手紙がきて、今までの手紙は奥さんが握りつぶしてお手許に届かなかったと思っていたが、読んでいて返事をくれないのはひどい。十年ほど前、自分たちの新婚のころ、新居見舞にいらして、はじめてお会いした時から、あなたの存在が私にとっては秘密な尊いものであったし、私の存在があなたにとって同じものであったはずだ、というようなことが書いてあった。
意外千万な手紙で、長平は相手にしなかった。彼は文面の裏側に、青木夫妻のちょッとした不和を読み、ヒステリーのひとつの仕業と解釈した。
ところが、一夜、酔っ払った青木が長平を訪ねてきた。ちょうど長平は上京のため出発のところで、玄関でカチ合ったのだ。
青木はひどく酔っていて、
「君には時間がないし、ぼくは酔っ払ってるし、残念ながら、今夜は話ができない。ぼくの一生の大事なんだ
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