なんてものは、ありやしない。しかし、又、あるといえば、生活の全部が恋だけなのかも知れなかった。
 ルミ子は自分の心を考えてみた。彼女は放二を恋してはいなかったが、世界で一番放二の偉さを知っている者があるとすれば、それは自分だろうと思った。彼女は放二に自分の魂をゆるしていたが、放二も彼女のためにその魂をゆるしていると信じることができるのだ。この上の何物をもとめることもないではないか。放二はそういう人なのだ。己れの魂を彼にゆるす者は、彼の魂を己れにもゆるされていることを見ることができるのである。
 キッピイの店へ女給にでて秘密をききだしてあげたいというのは、深い動機からではない。八重子はそれを恋のせいであるかのように腹を立てゝいるけれども、そう思われるものがもしも自分にあるとすれば、それは自分の大きな罪だと言わなければならなかった。
 放二を恋するというようなことが、他の人々への義理からではなく、自分の正しい生き方として、許さるべきことではないのだ。放二の偉大な魂を知りつつあることの満足よりも大きなものが有り得べきではないのだから。
 彼女は人々に、恋のせいだと見られたことが羞しかったし、
前へ 次へ
全397ページ中219ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング