棲しているのかい」
「いいえ。ときどき泊りにくるのです。あの子たちは自分の住居がありませんから。間借りしている子もいますが、宿なしの子もいるんです。お客があるときは一しょにホテルへ泊りますが、アブレると眠る家がないのです」
「どうして君のところへ泊りにくるの」
「マーケットで、自然、知りあったのです。ぼくのアパートはマーケットの真裏ですから」
「日本も変ったもんだね」
「ハア」
 長平の無量の感慨は放二には通じなかった。この青年にはその現実があるだけだ。素直に、そして、たぶんマジメに、彼は生きているだけだろう。
「君、地回りかい」
 放二はクスリと笑っただけである。
「地回りに、なぐられないかい」
「まだそんな経験はありません」
 二人の会話は重点がずれているようだ。放二にとっては、なんでもない平凡な生活のようであった。
「先生。いちど遊びにいらして下さい。パンパンたち、御紹介します」
「変った子がいるの?」
「べつに変ってもいませんけど、簡単にイレズミを落すクスリができたら、喜ぶでしょうね。はやまって彫って、新しい恋人ができるたびに後悔してるんです」
「君も恋人かい」
「いいえ」
 放二はアッサリ否定して、話をつづけた。
「一人だけ、先生が興味をお持ちになるかも知れません。この子のことで、男が三人死んでます。外国人も。殺したのも、殺されたのも、自殺したのもいますが、みんな、ピストル。そして、三ツの場合ともこの子の目の前で行われたのです」
「妖婦なのかい」
「いいえ。無邪気な子です。まだ十九、可愛い顔をしています」
 放二の言葉は淡々として、つかみどころがない。きいただけでは、父兄がわが子を語っているようで、長平はくすぐったいような変な気持だ。すると、放二の言葉がつづいて、
「いちど見てごらんになりませんか。美しいとお思いになるかも知れません」

       五

 数日後、二人は中央線の某駅で降りた。零時ごろである。銀座と新宿の梯子酒のあとだ。のめない放二は二三杯のビールで耳まで真ッ赤であった。
 マーケットで、放二は一軒のオデン屋をのぞいた。四十がらみのオヤジが帰り支度をしていた。
「オジサン。おしまいですか」
「ヤア。いいゴキゲンですね。オデンにしますか」
「ええ。お酒と。持って帰りたいのです。お客様がありますから。こちら、大庭先生です」
「ヤ。それは、それは。お噂は毎日北川さんからうかがっております」
 オヤジは表へ出て挨拶した。
「オジサンも、いっしょに、いかが」
「そうですか。じゃ、そうさせていただきましょう」
 オヤジは戸締りをして、酒ビンや売れ残りの食べ物類を包んだ大きな荷物を両手にぶらさげて出てきた。
 放二のアパートはマーケットの隣であった。暗い入口でガヤガヤやっていると、管理室の扉があいて、やせた男が現れた。
「北川さん。こまるよ。あんたは承知で、自分の部屋をパンパン宿にさせておくのかね」
「ハ。すみません。ヤエちゃんが気分が悪いそうですから、苦しかったら、やすんでいるようにと、カギを渡しといたんです」
「気分が悪いッて? 笑わしちゃア、いけないよ。あんたの留守に、お客をくわえこんで商売してるじゃないか」
 さすがに意外だったらしく、放二は声をのんで、うなだれた。
「私ゃ、あんたに部屋をかしてるが、パンパンにかしてるんじゃないんだ。パンパン宿にかすんなら、貸し様があらアね」
「北川さんは神様みたいな人ですよ。悪気があってじゃないんだから、カンニンしてあげて下さいな」
 と、オデン屋のオヤジがとりなした。
 放二の連れが、いつもの若い連中でなく、年配の長平たちだから、管理人も意外だったらしい。ジロジロと三人を眺めまわしたあげく、だまったまま、ふりむいて、ひッこんでしまった。
「あんなに言うことないね。このアパートにゃ、パンパンもいるんだ。みんな店をひらいてらアな」
「ぼくの部屋代が滞りがちだからです」
 と、放二は苦笑してオヤジにだけ聞えるように言ったが、耳の鋭い長平は、状況判断を加算して、ききとることができた。
 世間の激浪に損われた跡がミジンも見えない貴公子のようなこの青年に、彼の過去がすべてそうであったように、現在も冷酷無情な現実がヒシヒシとりまいていることを、はじめて長平は知ることができた。それを在るがまま受けいれて、彼の毅然たる魂は損われたことがないようだ。青年の後姿から光がさすようなのを長平は感じた。
 階段を上がると、女が一人、たたずんでいた。放二はそれを認めると、微笑して、
「ア。カズちゃん。ぼくの部屋に、ヤエちゃんのお客がいるの?」
「いいえ。とっくに、帰させました。兄さん。すみません」
 女は泣いているようだった。

       六

 部屋には二人の娘がいた。眼を泣きはらしている方
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