りかかった。子女の家出に熟慮断行などということは、めったにない。激情的であるから、当人は一時的に悲愴であるが、同時に冷静でもある。時間を失せず、今のうちに飛びださなければ、ということを充分に知りすぎているのである。今でなければ、家出の理由がないし、大義名分がない。今を失すると、再び踏み切るときがないかも知れない。平静の時には自信がないことを知っており、激情にまかせなければ実行不可能であることを知っているのである。
 それは家に甘えているせいではない。誰しも家をでれば、寄るべないのは当り前のことである。
 記代子は二度目のことであるから、なれているようであるが、こういうことは馴れるというものではないようである。必需品はなんであるか、それぐらいのことには気がつくが、特にこの際に必要な、そこまで冷静な計算ができない。血迷ってもいるし、先の目算がたたないせいもある。
 夜の家出というものはグアイがわるい。夜中トランクをぶらさげてブラ/\しているのは都合のわるいことが多いものだ。翌日せつ子の出勤をまって、ゆっくり脱出した方が万事によろしいけれどもそれまで待っている余裕が怖しかった。そこで記代子は、何も持たずに家をでることにきめた。
 せつ子はさすがに大人であった。家出癖のついた小娘を怒らせっぱなしに放ッとくのは穏当ではない。折れたり、なだめたりするのは愉快なことではないが、対等にみたてて意地をはるのは大人げない話である。折れてみせて優しい言葉の一つもかけてやれば、その場では打ちとける色をみせなくとも、内々鋭鋒はくじけているものだ。
 そこで、せつ子は程を見はからって記代子の部屋をノックして、
「どうしてらッしゃるの? あら、カギがかかってるのね。はいっちゃいけないこと?」
「もう、ねています」
「そう。じゃ、私も戻ってねましょう。さきほどは、ごめんなさいね。でも、あれぐらいのことで血相変えて怒るなんて、オコリンボね。もう、仲直りしましょうね。おやすみなさい」
 せつ子はそれで安心して自分の部屋へひッこんだ。これだけ手を打っておけば、記代子は安心して、ねて忘れてしまうだろう。
 しかし、こんな動物の匂いのプンプンする因果物のような小娘を、今後どう処置したらいいのだろうかと考えると、ウンザリしてしまう。放二も悪い時にねこんでしまった。記代子から必要以上の動物臭をかぎたてるのも、こういう間の悪るさのせいもある。
「男の方が利巧らしい」
 せつ子は苦笑した。吾関せずの長平が、憎らしいが、なつかしまれる。彼の冷淡さに理があるように思われるからであった。
「あんなことを言って、子供だましのようなお世辞なんか使ったって、だまされやしないわ。まるで悪るがしこい狐のよう」
 記代子の鋭鋒はくじけなかった。記代子はすでに覚悟がついてしまっていた。否、家出後の暫時の目鼻がほぼリンカクをなしていたのである。せつ子は程を見はからいすぎて、時を失したのである。
 せつ子の訪れは、却って落付きと、かたい決意を与えたようであった。まだ九時ちょッとすぎたばかりだ。記代子は人々の気配に耳をすまして、せつ子の家から忍びでた。

       四

 社がひけてから、二三ヒマをつぶして、青木はゆっくり宿へ戻ってきた。すると、一足おくれて訪ねてきたのが記代子であった。
 記代子は彼に笑顔すら見せなかった。突ッ立ったまま、
「ここにはいられないのよ。てもなく発見されてしまうわ。どこか、社の人たちに気づかれない旅館へ案内して」
 頭上から噛みつくようにイライラと命令する。
「慌てることはないでしょう。お茶でも召しあがれ。アッ。なるほど。どなたか、お連れの方が表に待たしてあるんですね。遠慮なく、よんでらッしゃい」
 青木はバカに察しがよい。敗北精神が骨身に徹しているのである。心にうちしおれたりとは言え、表には益々明るいホホエミをたたえて敵をもてなそうという志であった。
「連れなんか、ないわ」
「ヤ。失礼。すみません。ぼくは、ダメなんだ。すべての栄耀《えいよう》は人に具わるもの、そねむなかれ、という呪文を朝晩唱えるようになったからね。しかし、あなたが丈夫になって、ぼくも嬉しいです。世の大人物はあげてぼくを虐待するからね。陰ながら、病室の外まで見舞いに行っていたのを知っていますか」
 青木がなれなれしく話しはじめたので、記代子は苦々しくふりきって、
「つまらない話は、よして。見舞いにきたのが、どうしたッていうの。見舞いに来てほしいなんて、思ってもいなかったわ。私、こゝにグズグズしていられないわ。梶さんのおウチから、とびだしてきたんです」
「なアンだ。社長殿の邸宅にかくまわれていたのですか」
 記代子は舌うちした。
「卑しいわね。そんな興味を、いつも持っているのね。人の私生活に興味をもつな
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