げたが、
「礼子さん。新しい恋人、みつかって?」
礼子は興ざめた顔をそむけた。それを見ると、記代子の目は興にもえて、
「女がきちゃいけないって、なぜ? 礼子さんだけは、大人だから?」
「まア、そうよ」
「大人って、どういうこと?」
礼子は顔をそむけて、答えなかった。
「たぶん、恋愛の冒険者だから? そうでしょう。旦那様をすてたから? 家庭の殻をとびでたから? そうでしょう」
「そうよ」
礼子はうるさそうだった。すると記代子の目に生き生きと微笑がこもった。
「子供だわ。礼子さんは。十いくつのお姉さんと思われない。女学生のよう」
「あら、そう」
「長平叔父さんのどこがお好きなの? 有名だから? 才能があるから? 芸術家だから? お金持ちだから? 威張ってるから? そのほかに、何か、あって? 平凡。少女趣味ね」
礼子の目は怒りに燃えたが、記代子は冷静に見返して、目にこもる微笑は微動もしなかった。
「英雄気どりの偉い人、偉い人を崇拝する人、どっちも、きらい。子供たちと同じように、お人よしで、ウヌボレが強いのよ。欠点を見せたがったり、欠点を美点のように見せたがったり、みんな、きらい。偉くない人はウヌボレ屋じゃないから、欠点は隠さなければいけないと思うのよ。それで、いつもお化粧しなければいけないと思うのよ」
記代子はいくらか亢奮して口をつぐんだ。それは言葉の表現が思うようにできないためのようにも見えた。グラスをほして、
「でましょう」
青木をさそって、立ち上った。
「いかほどですの」
「ここは、いいの」
記代子は笑って、
「そんなこと、なんにもならないことよ」
「まア、いいさ。ぼくの昔の奥さんの思うようにさせてあげたまえ」
「そのワケがあるの?」
「物事の本当のワケは誰にも分りゃしないのさ」
今度は青木が記代子を押して外へでた。
五
「どうして、お金払わせなかったの? なぜよ」
外へでても、記代子はきいた。ただごとならぬ面持に、青木は苦笑して、
「つまり、ぼくの昔の奥さん、ぼくをあわれんだのさ。たまに会ったんだ。あわれまれてやらなきゃ、昔の奥さんのお顔が立たんじゃないか。今晩だけのことだから、あなたも我慢して、つきあってくれたまえよ」
「あわれんでもらいたいの」
「彼女があわれみたいのさ。だから、あわれまれてあげなきゃいかんじゃないか」
「うそよ」
記代子の否定は激しかった。
「うそだの本当だのと争うほどのことじゃアないやね。あなたのお気にさわったとすれば、ぼくがナイトの作法に未熟だったというだけのことさ」
「うそです。私が礼子さんをやりこめたから、あなたは礼子さんをかばってあげたのよ」
「こまったな。どうも、インネンをつけたがるお方だ。なア。記代子さんや。やりこめるッて、あなた、別にやりこめやしないじゃないか」
「いいえ、やりこめたわ」
「どんなふうに?」
「礼子さんは少女趣味よ」
「それは、たぶん、当っていますよ」
「だから、やりこめたじゃないの」
この少女のチグハグな論理の底に、何物があるのだか、青木には見当がつかなかった。記代子はまだ幼くて平凡な娘だ。しかし彼女なりに礼子を一応観察してはいる。だが、観察の根底にどれだけの心棒があるのか。いったい、なんのために礼子の酒場へ自分をさそいこんだのか、それが青木にはわからなかった。
青木は不キゲンな記代子の肩に手をあてて、慰め顔に、
「なア。記代子さんや。あなた、なぜ、昔の奥さんの店へぼくをつれこんだのさ。ぼくが、あなたをいじめたからかい。あなた、本当に、ぼくがいじめたと思っているの?」
記代子は答えなかった。
あまり沈黙が長いので、ふとその顔をみると、たしかに涙にぬれているのだ。夜の灯のせいではなかった。
青木は放二を思い描いた。それがこの少女の胸をいかに惑乱せしめているであろうか、と。いたましい思いがした。しばらく言葉をかけるのも控えていたが、
「なア。お嬢さんや。ぼくが毎日きまったように放二さんを誘うのはだね。あなたと放二さんが昔のようにむつまじい一対であれかしと願っているからだよ。あなた方は銀座でも人目をひく一対だった。そのような美術品をまもるのは側近の年寄の義務というものさ。ぼくの善意を素直にうけてくれなくちゃアいけませんよ」
「ひどいわ」
「なぜだろうな。ぼくには、あなたの云うことが分らないよ」
「放二さんは知ってるわ。だから、あなたが誘っても、ついてこないわ」
「なぜ、ついてこないの?」
「私にきらわれてること、知ってるから」
青木が言葉に窮していると、記代子は彼をさえぎるように立ち止って、
「私、子供は、きらいよ。子供なんか、つまんない。私、青木さん、好き。なぜ、察して下さらないの」
記代子は青木を見つめていたが、にわかに
前へ
次へ
全100ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング