れの巻か。ヤ、これは失礼」
 ペコンと宇賀神に挨拶して、ひッこんだ。せつ子の雑誌の編集次長の河内であった。宇賀神のもとへ一しょに訪問記事をとりにでかけた男で、ソモソモのナレソメを一挙に見ぬく唯一の人物だから始末がわるい。悪い車に乗りあわしたと後姿を目で追うと、ヤ、居る、居る。
 女流作家の呉竹しのぶ。このお喋りにかかっては、一夜のうちにジャーナリズムへ筒抜けとなろう。も一人は放二の雑誌の編集長の穂積であった。悪いのばかりが乗り合わせていた。

       二

「え? そうか。あんときの、あんたの同僚かア。覚えてる」
 宇賀神は河内を思い出して、膝をうって、
「退屈しのぎに、いいなあ。よんでこいよ」
「ダメ。ジャーナリストはうるさいから。すぐ評判がたってしまうわ」
「オ。やってる。オバアチャンも飲んでるわ。オ。キュッと一息にやりおったなア。ワア、酔っ払ってる。面白れえな。あのオバアチャンは、どなたかいな」
「呉竹しのぶ」
「ワア、面白れえ。よんでこいよ。あッちへ行こうか」
「いけません。私は面白くないんです。文士だのジャーナリストって、酔っ払うとダラシがなくッて、礼義知らずなのよ」
「オレとおんなじだなア」
「ダメですよ。こちら側へお座んなさいね。ききわけがなくッちゃ、いけないのよ。私のお酌で、お酒めしあがれ」
 箱根まで迎えにきたカバン持ちが気をきかせて、ウイスキーをとりだす。
 宇賀神は素直に座席をかえて、キゲンよくウイスキーをなめている。気まぐれな思いつきを言いたてるが、実際は言いたてるのが面白いだけで、やる気はない。神経は鋭利で、見かけと反対に、こまかく気のまわる男だから、無意味なツキアイは神経が疲れるばかりで、退屈しのぎにはならないのである。
 宇賀神はウイスキーはちょッとでやめて、すぐ居眠りをはじめた。
 午後四時に東京駅へつく。宇賀神は迎えの車でいずれへか立ち去り、せつ子も車をひろって、銀座の社へ六日ぶりに戻った。
 せつ子が箱根へ行ったのと前後して、大庭長平が上京している。長平の出版は某社に独占されているが、せつ子は新しく自分がやるはずの出版社で、この出版権をそッくり握ってしまいたいのである。
 速達で云ってあるから、せつ子の社で放二が待っているはずだ。先に河内が帰っているから、社内にはすでに噂がとんでるだろうが、せつ子はハラをきめたから、平静を失
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