子で、呟いた。
「女は現実派でありすぎるから、きわどい時ほど夢を弄ぶことができるのさ。オレだったら、恋人に云うよ。金をくれッて。金で買ってくれッて。ぼくは決意をかため、覚悟して、そう切りだすんだ。女ときたら、決意しなくともそれが本心だから、ギリギリのとき、夢みたいなこと、やらかすんだよ。女は全然嘘つきなのさ」

       六

 放二のアパートでは、ヤエ子が熱をだして寝こんでいた。
 ゆうべの酒の残りをとりだして青木にのませていると、昨夜のカズ子に代って、フジ子という娘が顔をだして、
「こんばんは。兄さん、泊めてね。私だけ、アブレちゃッたのよ」
「私もさ」
 そう云って、その後から姿を現したのは、ルミ子であった。
「嘘つきね。いま、お客を送りだしたとこなのよ。ほら、なアさんという人」
「アッ。あの人、まだきてるの?」
 それまで無言で寝たままのヤエ子がモックリ首をもたげて、
「すごいわねえ。ルミちゃん。あんた、また、殺しちゃうのね。ああ、四人目だ」
「人ぎきの悪いこと言うわね。熱病やみの幻覚だ」
 ルミ子は面白くもなさそうに薄笑いした。
「だって、あの人、死んだ人の片割れじゃないの。あんなことのあとで、また来るなんて、死神がついてるわよ。ヤミ屋も食えなくなったし、強盗でもやってんだろ」
「幻想がよくつづくわねえ」
「ピストルぶッ放すんなら、私の居ない日にしておくれ」
 ヤエ子は叫んで、にわかにフトンをひッかぶったが、ルミ子は薄笑いをうかべながらフトンをまくってのぞきこみ、
「アドルム、おのみ」
「うるさいッ」
 フトンをひッたくって、もぐりこんでしまった。
 青木はここへくる道々、放二から彼のアパートのあらましのことをきいてきたので、彼女らの素姓については察しがついたが、放二とのツナガリについては、雲をつかむようである。したたか酔ってもいた。
「君の奥さんは、どの人なんだい」
 青木の声が高かったので、ヤエ子が再びモックリとフトンから首を起して、
「あの人よ」
 ルミ子を指して、イライラと叫んだ。
「怒るわよ」
 ルミ子はちょッと鋭い目でにらんだ。
 放二は頃合と察して、
「ルミちゃん。今夜、この方を泊めてあげられる?」
「ええ。どうぞ」
 ルミ子は苦笑して、
「昨日も、今日も、か。なんだか、変ね。フジちゃんに悪くないの」
「アタイは浮浪者だもん」
 フジ子はア
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