れないという青木の顔色であった。
「君、いつ、その約束したの」
 詰問はするどい。放二の静かな態度はいさゝかも乱れなかった。
「速達をいただいたのです」
「いつ?」
「昨日の午前中でした」
「発信は、どこ?」
「そこまで調べませんでした」
「その速達、見せてくれない?」
「いま持っておりません」
 放二は静かに答えたが、実は胸のポケットに在るのである。
 青木は解せないらしく、思い沈んでいたが、
「社用で大阪へ行ってるはずだ。五日前にたったんだが、まだ二三日は戻らぬ予定ときいていたが」
「たぶん旅先からだろうと思います」
「あす、どこで会うの」
「ぼくの社へ来て下さるのです。いつとは云えないが、夕方までに必ず行くから、外出中は行先を書残して出るように、と。そんな文面からも、旅先からの便りのような気がします」
 みんな放二のデマカセであったが、誰がこの高潔な、気品あふるる青年が嘘をつくと信じられよう。
 ところが、青木は疑った。
「君はぼくを警戒してるね」
「なぜでしょうか」
「君はぼくの信じていたことを信じさせるように努力してるじゃないか。余はナレをスパイと見たり」
 こう叫んで、カラカラ笑った。冷めたい汗がしたたるような蒼ざめた顔で。
「君は梶さんのチゴサンかい」
 青木のカンは鋭い。

       四

「じゃア、明日一日中、ぼくを君の社へ詰めさせてくれよ。梶さんの訪れを待つために」
「ええ。どうぞ」
 梶せつ子は放二の社へは訪ねて来ない。別の所で会う約束だから、放二はこだわらなかった。
「それから、大庭君にも会わせてもらいたいのだ。是が非でも、たのむよ。拝みます。この通り」
「お気持はおつたえしますが、先生の御返事はぼくには分りかねます」
「大庭君はいつまで東京にいるの」
「あと三四日で、お帰りです」
「なア、北川さん。ぼくは、もう、今夜は君のソバから離れないぜ。君のうちへ泊めてくれたまえ。それがいけなかったら、ぼくの宿へ泊ってくれたまえ。もう、こうなったら、はなすものか。君こそは、わがイノチの綱ですよ。君またワレに憐れみを寄せたまえ」
 青木は必死であった。
 放二はうなずいて、
「ぼくのアパートでよろしかったら。おかまいはできませんが」
「ありがたい。実に、君は心のやさしい人ですよ。君の善良な魂すらも疑るような、ぼくの泥まみれの根性をあわれんでくれたまえ
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