ぼくたちの心の持ち方は、どうも、変だ。不自然ですよ。本心にピッタリしないところがあると思うな。ぼくたちは味方ぶりすぎやしないか。不当に憐れみたがってるよ。ねえ、奥さんや。ぼくは君を売る。君もぼくを売りたまえ。めいめいが自分だけの血路をひらいて逃げ落ちようや」
しかし青木は目に憐れみをこめて、
「なア、奥さんや。あんたは大庭君にふられちゃこまるじゃないか。しッかりやッとくれよ。君自身の血路のためにさ」
すると礼子に生き生きと色気がこもった。
「大庭さんは私を愛しています。盲目的に。あの方は私のトリコなのよ」
あんまり自信に溢れているので、放二は目を疑ったが、青木は多くの物思いに混乱した。礼子はさらに生き生きと断言した。
「大庭さんは、もう、私から逃げることはできないのよ。クモの巣にかかったのです」
三
「あなたの梶せつ子さんは、どう? うまく、いってますか」
礼子が、かわって、青木を見下していた。青木が威勢を見せたときは、ありあり虚勢が見えすいていたが、礼子には、それがなかった。心底から落ちつきはらっているようである。
「そう。実は、そのことでね」
青木は素直にうけて、
「長平さんから百万ふんだくってやろうというのも、そのことなんだ。築港の金もいる。選挙費もいる。鉱山の経費もいる。これは開店休業中だがね。金のいることばッかりさ。とても一とまとめには出来ッこないから、まず金のなる木を植えようというわけさ。梶せつ子と共同事業をやる手筈なのだ。銀座裏にかりる店の交渉もついてる。階下が小さなバアで、二階が事務室さ。事務室では、出版とアチラ製品のヤミ売買などやる予定でね。実は、長平さんには、本の出版もさせてもらいたいと思ってるのさ。夜はバーテンもやりますよ。そのために、是が非でも金がいる」
礼子は放二に向って、
「梶さんから、それらしい話おききですか」
「ぼく三週間ほどお目にかかっていませんので、何もおききしておりません」
放二は青木の存在すら初耳だから、まったく知らなかった。
「ですが、あすお会いする約束ですので、そのお話をうけたまわるかも知れません」
「え? 君が、あす、梶さんに会うって?」
青木はおどろいて、顔色を改めて、
「君は、どうして、あの人と……」
「北川さんと梶さんは、親同志親戚以上に親しくしていらした方」
礼子の言葉は信じら
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