ので、礼子もその場に見切りをつけた。
思いきりよく立ち上って、
「おいそがしくてらッしゃるのに、時間をさいていただいて、ありがとうございました。私、青木と会う約束がございますので、失礼させていただきますが、今夕、青木とお会いなさるんでしょうか」
「ええ。その約束はしております」
「でしたら、そのあとでゝも、も一度、お目にかからせていたゞきたいと思いますけど」
「もうお話することもないようですが」
礼子はクスリと笑って、
「ムリですわ。そんな。男と女の話ですもの、差向いて、きいて下さらなくちゃ」
全身に媚がこもった。
長平の方が思わず目をそらして、
「じゃア、青木君と三人で」
「ええ、青木となら、かまいません」
「じゃア、ぼくたちの話が終るころ、七時ごろにでも、いらして下さい」
礼子は去った。
去る前にもらした礼子の媚が、長平の頭のシンにからみついて放れない。毒にあてられたようだ。長平の血に浮気の虫が多すぎるせいだが、浮気の血が騒ぎたっても陽気になれない時もある。長平の心はふさぎ、にがりきるばかりであった。
「君、ぼくに代って青木夫妻に会ってくれ」
と、彼は放二にたのんだ。
「ぼくの気持は、きいての通り、あれで全部だよ。君の一存で、自由に捌いてきてくれたまえ」
「お気持だけはお伝えしてきます。ですが、一存で捌きはつけかねますが」
「今夜一夜の間に合せの捌きだよ。あとは、どうなろうと、かまやしないさ。こんなバカバカしい話はもうタクサン」
長平はふと梶せつ子に思いつき、放二をやるのは、いけないかな、と考えたが、放二の澄んだ落付きを思うと、自分以上の老成した大人が感じられ、すべての不安は無用に見えた。
「ギョですよ。先生。ギョギョッ」
バーテンは腹をかかえて大笑い。
「ビール二本のみますよ。罰金。冗談じゃないよ。銀座の女給だって、あんなハデな口説かれ方はしないね。バカバカしい」
金の泥沼
一
青木は放二の話をきき終り、長平が来ないことをたしかめると、うなだれて、蒼ざめた。ぶちのめされて、ゆがんだ顔からは、あえぐようにしか声がでないらしく、
「わがこと、終れり」
よくききとれない声であった。しかし、努力して顔をやわらげ、
「ぼくの顔に書いてあるだろ。お金を借りたかったんだ。百万ほど」
フッと溜息をもらして、
「ここの勘
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