「なるほど。秋がきても、気にかからなければ結構さ。じゃア、帰るよ」
「御元気で。長らく有りがとうございました」
長平が離京するとき、ルミ子が送ってきた。
「いい加減で帰りたまえ。別れ際の時間は短いほどよろしいものだよ」
長平が彼女を帰らせようとすると、
「セッカチね。私の方が大人だなア。一度、手紙を差しあげるから、忘れないでね」
ノンビリ手をふって、二人は別れた。
新しい風
一
せつ子は退院後の記代子をひとまず自宅へひきとった。甚だ好ましくなかったけれども、隙あらばと記代子の病室をうかがっている青木を見ると、他に安全な保管所が見当らないから、仕方がなかった。
記代子の顔を見ることが他にたぐいる物がないほど不快なことだということを、ひきとってから気がついた。
記代子の入院中、ウワゴトの中で叫んだ言葉は「エンジェル!」という名にからむものばかりであった。
せつ子に何より不快なのは、それだった。記代子が居ると、その背後に、エンゼルという動物めいた悪者がいつも一しょに影を重ねて居るようで、動物の匂いがプンプン漂ってくる気がする。記代子が住みこんだばっかりに、わが家に動物小屋の悪臭がしみついてしまったようであった。
記代子を見ると、目をそむけたくなるのをこらえようとすると、冷めたくジッと見つめてしまうことになる。ある日、記代子が言った。
「憎んでらッしゃるのね」
記代子は、退院の日、なんとなく希望がわきかけたような喜びを感じた。希望というものが全て失われたように、前後左右たちふさがれた切なさに苦しめられたアゲクであった。はじめて小さな爽やかなものに、すがりつくような喜びで、退院したが、それも再びどこかへ没してしまったようだ。この明け暮れ、人生の希望を知るのに骨が折れた。人々が、だんだん憎く見えるのである。
「私、憎まれるのは平気なんです。それが当然ですものね。ですけど、矛盾がイヤなんです。憎みながら、保護して下さるのは、なぜ? その『なぜ』にもっと早く気がつけば、私もマシな生き方ができたでしょうに」
バカな人間に、尤も千万な言いがかりをつけられるぐらい、興ざめることはない。せつ子は自分の人生が、いつもそのことで悩まされているような気がするのである。結果の事実としては尤も千万であるけれどもツラツラ元をたずねれば当人がバカのせい
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