ねころんで、うたたねしたり、本を読んでいた。
「先生、童話すきですか」
「そう。すきだね」
 ルミ子は、どうも困ったという顔をした。
「兄さんも好きなんです。読んでくれッておッしゃるのよ。でもね。読みつづけられなくなってね。時々ね、よむのを止してボンヤリしていることがあるのよ」
「なにを読んだね」
「風の又三郎。兄さんが、それを読んできかせてッて。童話ッて、みんな、あんなに悲しいの」
「そうかも知れない」
「変な悲しさですもの。いらだたしくなるのよ。あれじゃア、助からないわ」
「どんな風に、助からないのかね」
「ほんとに悲しいッてことは、あんなことじゃアないでしょう。私、悲しいときにはね、ウガイをしたり、手を洗ったり、そんなことをして、忘れちゃうのよ。無い時にお金のサイソクされたり、叱られたり、ね。それが悲しいことでしょう。童話と怪談は似ているわ。なんだか、ついて行かれない。いつまでも、からみついてるようで、女々しくッて、イヤなんです」
「子供の時のことを、思いだしたくないことが有るんじゃないのか」
「いゝえ。そうじゃないんです。ウガイをしたり、手を洗ったりして、忘れられないようなことは、私たちの生活にはないのです。童話の中にあるだけなのです」
「なるほど。つまり、余計ものなんだな」
「お金で物を売ったり買ったり、身体を売ったりお金をもらったりでもいいわ。それから、借金したり、お金がなかったり。恋をしたり、しなかったり。私の毎日々々のくらしには、あんな変な悲しいこと、ないんです。童話や怪談は、いけないことだと思うんです。ウソですもの」
「どうも、ぼくには分らないが、パンパンの生活をそッくり書いても、童話になるぜ」
「なるんですか!」
「風の又三郎と同じような童話ができると思うけどね。しかし、君の考えていることが、ぼくには、まだ、分らない。君は、山や川や海の景色をみてキレイだと思わないのか」
「思わないことは、ありません。でも、つまらなくも見えます」
「人間は?」
「人間には善いことと、悪いことがあるでしょう。善いことよりも、悪いことの方が、もっとタクサンあるでしょう。人間は、そうなんです。悪い人間もいます。悪い心もタクラミもあります。童話のように善いことずくめじゃないのです。怪談のように悪いことずくめでもありませんけどね。小説ッて、もっと、人が悪くなくちゃア、いけな
前へ 次へ
全199ページ中160ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング