たのんで、エンゼル家を見張らせていた。記代子の外出を待ちぶせて拉《らっ》し去るつもりであったが、十日の余も日数をへて、なんの効もなかったのである。
 放二はまだ休んでいた。
「北川君に来てもらって、つききって貰いましょうかね」
 穂積がこう申しでたが、
「ダメですよ。娘のあられもない姿を若い男に見せるのは、もってのほかよ。あなたのような仙人は、そろそろ男の口にはいらないから、これが適材適所なのよ」
「ぼくの方が適材適所さ」
 こう呟く声にふりむくと、いつのまに来たのか、青木がドアの横手の壁にもたれて、パイプをくゆらしていた。
「風と共にきたる」
 青木はせつ子のおどろきに応じるように、皮肉なカイギャクを弄した。
「ねえ、社長さん。あなたは、こんなことを思わないかね。ここに一人の人間がいて、彼のツラの皮をひンむこうと、ふんづけようと、すべてこれ蛙の顔に小便さ。イケ、シャア、シャアですよ。彼のために病院の入口にバリケードをつくっても、彼は忍びこみますよ。しかし、いつも彼がこうだときめるわけにはいかないね。彼は本来は怠け者ですよ。だが、しかし、ひとたび意を決するや、常にかくの如しです。この一念は、雑念がこもって妖気がむらたっていても、仙人よりも、むしろ純粋ですよ。適材適所とは、かかる一念を指名して一任すべきを最上とすると思いますが、いかが?」
 せつ子は色をなした。
「あなたの一念が、どんな効を奏したことがありましたか。記代子さんの行方を突きとめることもできなかったじゃないの。病院のバリケードを破るぐらいは、誰でもできます。放二さんは人の隙をねらうような猾《ずる》いことはできませんが、記代子さんの行方を突きとめているのです」
「そして、助けだすことができなかっただけでしょう」
 青木は笑った。
「彼が行方をつきとめても、助けださなければ、ムダに於て、同じことさ。あなたは、希望的観測によって正当なものを見失っているのだな。ぼくは今こそ断言します。彼女はなれの果てとなりはてたから、今や彼女を愛しうるものは、ぼくのほかにありません。ぼくは彼女と結婚します」

       八

 青木はその晩京都へたった。
 その汽車の中で、青木はいろいろのことを考えた。
「とにかく、オレの一生で、今日がいちばん傑作のようだ」
 自分という人間のバカさ加減がよく分ったが、こんなにワケのわからな
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