いつのまに、こんな虹がかかったのだろうと考える。さッき橋を渡るときまでは、あそこに、なにもなかったのに。……
気を失ったのか、眠って夢を見ていたのか、わけの分らないような状態から、ルミ子はふと我にかえった。
誰かが扉をノックしている。
「だれ?」
「私。カズ子よ。ちょッと、いい?」
「ちょッと、待って」
ルミ子は立って、ネマキをきて、扉をあけた。
カズ子は中をのぞいて、
「もう、あの人、帰ったの?」
それをきくと、廊下の曲り角に隠れて様子をうかがっていたヤエ子も姿を現した。
「ちょッと、心配だから、来てみたのよ。おとなしく帰ったのね」
「うん。とっくに帰ったわ」
「チェッ。じゃア、あッちの部屋へくればいいのに」
ヤエ子は苦笑して、
「色男をみると逃がしゃしないんだから。オタノシミのことですよ」
「兄さんは、ねた?」
「いいえ、起きてる」
ルミ子はふと身にしむような懐しさを覚えてクラクラした。
十
その翌日、放二はエンゼルの自宅を訪ねて行った。
酒を飲みすぎれば、誰しも妙な風になるものだ。しかし、それが当人の本心というわけではない。たとえ本心にしたところで、誰の本心も汚いものだが、理性の働いている時には抑制されているのだから、酔わない時を人間の常態とみるのが当り前だ。
エンゼルは放二の生活に甚しい見当ちがいの判断を下したけれども、そう疑っている気持が酔って現れただけのことで、放二の正体を疑っているというのも、放二の本当の心を知りたがる気持があるからに相違ない。
たぶん記代子が放二の生活について疑っていることを、事実としてエンゼルにきかせたのだろう。それをエンゼルが真にうけるのは当り前で、疑う理由は十分である。
しかし、こッちが誠意をもってつきあううちに、やがて分ってくれるときがくるだろう。そういうものだと思いこんで、やりぬく以外には適当な手段がないようだ。放二は、あきらめなかった。
エンゼル家の表門は堅く閉されているので、呼鈴をおして案内を乞うと、アンチャンが戸の小窓をあけて、来意をきいた。
相変らず、長時間待たせたあげく、四人ものアンチャンが小窓から代り番こに隙見して、放二の服装や、その背後に人はいないかと点検しているようである。
ようやく戸が開いたので、一足はいると、放二の後足は危く閉じる戸にはさまれて、つぶされそう
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