ぶって、ごまかすつもり」
「どうしても、死にたいか」
「やってごらん」
 エンゼルはシゴキをひろって横へすてて、
「よし。殺してやる。言い残すことはないか」
 両手でルミ子の首のまわりを握りしめた。ルミ子はアゴを上へあげて、握りいいようにしてやった。そして、エンゼルの腕にすがったり、もがいたりしないように、両手で自分の両腕を握りしめた。エンゼルは三度、首を持ち上げたり下したり、演習した。そして、とつぜん上へひっぱりあげられたと思うと、全身がチョウチンのようにフラフラふりまわされたように思った。そして、わけが分らなくなってしまった。

       九

 ふとルミ子が気がついたとき、誰かがそこにいる様な気がした。目をあけて見定めようとすると、扉が閉じて、誰かが部屋の外へ立ち去ったようであった。
 ルミ子は又目をとじて、できるだけ我慢して、ジッとしていた。自分が、どこで、どんな風になっているのだか、それを知りたいと思った。
 そして、目をあけて起きてみると、部屋の中には誰もいなくて、彼女は全裸でフトンの上へねかされている自分を見出した。
 着物は部屋の片隅に、まるめて捨てられていた。顔をなでてみた。洟《はな》もでていない。
 ルミ子は暴行されたことを知った。
 彼女がフトンの上へねかされていたことや、全裸にされて身体の汚物をキレイにふきとられていたことは、エンゼルの仏心でもなければ、人工呼吸のためでもない。心ゆくまで暴行をたのしむためであったにすぎない。
 ルミ子は全身の力がぬけ落ちるような落胆を感じた。彼女が敢てしたことは、すべて徒労だったのだ。ルミ子は性戯ということに特別の感情をもたなくなっていたが、自分の知らないうちにエンゼルのいろいろの侮辱を蒙ったことを思うと、救われようもない悲しい思いに沈んだ。
「なぜ生き返ったのだろう!」
 彼女は泣きだした。はりつめていたものが、際限もなくゆるんで行くようであった。小学校の初年生のころ歩いた道々の野原の橋や、その小川のほとりのレンゲ草の咲いている河原が見える。そこに花をつんでいるのは、たしかに自分だ。小学校の一年生の自分なのである。一方はあかるい青空だし、一方の空は燃えるような夕焼だ。そして橋のタモトから、自分のすぐ手のとどくところから、一|米《メートル》ぐらいの階段のような虹が、まっすぐ夕焼の空へかかっているのである。
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