記代子も、たった十日間で、エンゼル家の主婦になりきっているようだ。
それを自分自身に当てはめると、どうなるのだろう? たった十日のうちに、記代子もせつ子も、一年も二年も時間をかけたような変化を示しているが、彼はそれを見ているだけのことだ。
それが自分の役割なのだ、と放二は思った。変るといえば、やがて死ぬだけのことだろう。そして、変る人も、変らざる人も、すべてが彼には、いとしく見えた。
二
長平はエンゼルに興を覚えた。乱世というものは何が現れるか分らない。貯蓄精神と礼節に富む愚連隊の出現も乱世なればこそ。出現してみれば、ありそうなことで、怪しむに足らない。
堅気の庶民が乱世の荒波にもみまくられて、体裁ととのわず、投機的になり、その日ぐらしのヤケな気持になっているとき、裏街道で悪銭のもうかる愚連隊の中のちょッと頭のきく連中が、悪銭身につかずという古来のモラルをくつがえして、せッせと貯金し、家屋敷をかまえ、身に礼服をまとい、ヤブレカブレの堅気連中に道義も仁義もないのを嘆いているかも知れないのである。ヨタモノもモラルをくつがえす。
それにしては、選ばれた花嫁が、どうも頭がよくないようだ。エンゼルの審美眼も、当にならない。
「それほどの覚悟なら、こッちで何もすることはなかろう。当人が幸福なら、それに越したことはないさ。ただ、エンゼル家からお払い箱というときに、行き場に窮するということがなく、こッちへ戻ってくる才覚をつけておいたら、よろしかろう。北川君がその才覚をつけてやるのだね」
長平はこう簡単に結論したが、単純明快に合理的でありすぎて、肉親的な感情が、どこにもなかった。
せつ子は反対した。
「算術みたいにおッしゃるものじゃありません。もっと、ムリヤリ、してあげなければならないものです」
「当人が幸福なら、こッちでムリヤリしてやることは何もないさ」
「第一、何もしてあげなかったら、世間では、大庭長平は鬼のようだ、と言いますよ」
「遠慮なく言ってもらうさ」
「記代子さんのお姿が見えませんが、どうなさいましたか、と訊かれた時に、こまりますよ」
「こまりませんね。エンゼルという屋敷もちの花づくりのアンチャンと結婚して、花を造り、悪銭をもうけて、内助の功を果し、大そう幸福にくらしているそうだ、と答えて、不名誉なところは一つもない」
「勝手におッしゃ
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