。方々をききまわるうちに、記代子さんが、こちらのお世話を受けているらしい、という噂をきいたのです。このことは、大庭先生にも社長にも、まだ申上げておりません。ぼくの一存で、真疑をたしかめに伺ったのですが、記代子さんについて御心当りがありましたら、教えていただきたいのです」
エンゼルはちょッと間をもたせたが、いとも簡単に答えた。
「ええ、よく知っております」
彼は無邪気な笑顔を見せた。
「しかし、このように御返事すべきか、どうか。まだその時期ではないんじゃないか、ということで、あなたを大そうお待たせしましたが、ぼくたちは相談していたのですよ」
「記代予さんは二階にいらッしゃるんですか」
「そうです。そして、この家の主婦ですよ。野中の妻、記代子なんです。ぼくたちは、愛し合っています。ぼくが花を愛すように、記代子も花を愛します。しかし、ぼくたち同志は、花以上に愛しあっているのです。四国のジイサンに面目ない話ですが」
そして、エンゼルは高笑いした。
放二はうなずいた。
「そうなることに、フシギはありません。記代子さんは、御元気でしょうか」
「むろん、大変、元気です。そして、毎日、好キゲンですよ。もっとも、あなたの来訪で、ちょッと憂鬱でしたがね。実は、二三日中に、お腹の子をおろすはずです。記代子は、ぼくの子が生みたいのです。そして、ぼくも、記代子とぼくの子が欲しいのです」
キッピイがエンゼルにすすめたという企みの話を思いだして、放二はちょッと警戒したが、エンゼルの顔色から何も読みだすことができなかった。
顔だちから、人を判断することはできないものだ。澄んだ目や、無邪気な明るい顔から、額面通りの素行をうけとるのは考えものである。どんな人間も根は同じものだ。自分も人も変りがないというのが放二の考え方である。世の中に悪党はいないし、みんな悪党でもある。そして、放二は、人間の裏の心を考えずに、表に見せているものを信用すればタクサンだと思うようにしていた。どんなに裏切られてもかまわない。警戒しても、裏切られるものである。
「命令をうけておりますので、記代子さんに会わせていただけませんか」
こう、たのむと、
「ええ。彼女の返事をきいてきます」
エンゼルはあっさり立去った。
十二
エンゼルは記代子をつれて現れた。
記代子の顔は晴れていた。一礼して、
「い
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