らなきゃ競争ができないから、ぼくとしちゃアしたかアないが、身を入れてつとめて下さい。あなたに客がついて繁昌してくれるなら、それに応じるだけのことはします」
命令らしいことを言ったのは、それだけだった。真剣のようで、なげやりであった。来たばッかりの女に、何を言ったって仕様がない。気にいらなきゃア、その日のうちによその店へ行っちまうのがこの商売の女だから、身を入れて話をするのは居ついてからの相談だというような悟りきった様子である。悟り方が諦め的で、なんとなく哀れに見えた。
ほかに男はいなかった。
お客は幾組もきやしない。お客のもとめに応じて、二階の小部屋で遊ぶことができるようになっていた。なんだ、そんなのか、とルミ子は思ったが、表向きがそうでないだけバカバカしくて、奥へ消えたカップルが妙な顔付で再び現れてくると、笑いたくなるのであった。
ルミ子はお客にさそわれたが、
「はじめてだから、ダメ」
「はじめてだって、ここはそういうウチじゃないか。はずかしがることはないぜ」
「あんたに会うのが、はじめてだから、ダメなのさ」
再び戻ってくるという仕掛が妙であった。女の中でも利のきいた子は、ここで遊ぶことには応じなかった。
ルミ子の様子がまだ子供っぽくて可愛いのに、おめずおくせず悠々としているから、女たちは興味をもつものも、好意を示すものもいた。無関心なのはキッピイ一人であったが、彼女は他の誰に対しても、友情を示さなかった。そして一同から腫れ物にさわるような扱いをうけていた。
ルミ子はキッピイの人物にはなはだしく愛想をつかしてしまった。女の中で一番くだらぬタイプである。自分を一段偉い女だと思っているらしい。このへんで睨みのきくアンチャンがついているせいだ。お客に対しても傲慢だった。それもアンチャンのせいだ。
「ルミ子!」
とつぜんキッピイがよびつけた。店にお客がいなくなった時である。はなれたテーブルにいたルミ子は、アクビでもするように、
「なアにい?」
「ルミ子」
ここへ来い、という命令の意味はわかっていたが、ルミ子は顔だけうごかして、
「なんの用?」
キッピイがズカズカ歩いてきた。ルミ子は有がたくない御来意をさとって身をひこうとしたが、戦闘訓練には全然なれていなかったから、身をひくことを考えてだけいるうちに、十か十五、つづけざまにひッぱたかれた。ルミ子は腕力に
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