青木は酔っていたので、むしろ興にかられた。
「さすがに、あなたは、ぼくの考えた通りの人さ。そのトンチンカンなところがね。ほかの観音様は、みんなツジツマが合ってらア。神秘的というものはタカの知れたものさ。あなたは神秘じゃないんだな。要するに南洋と日本の言語風習の差あるのみ。ねえ。あなた。我々はその差に於て交りを深めましょう」
 青木は腕をつかまれた。そして、ひき起こされた。身ナリのよいアンちゃんであった。
「勘定を払えよ。そして、出ろ。いくらだい。このオトッチャンは」
 二千円であった。青木の蟇口《がまぐち》には、千八百円と小銭があるだけであった。アンちゃんは千八百円を女に渡した。
「二百円、まけてやってよ。仕方がねえや。おい。出ろ。足りないところは、カンベンしてくれるとよ」
「ヤ、アンちゃん。コンバンハ。しかしお前さんが出ることはなかろうぜ。ねえ、アンちゃんや。ぼくの話し相手はジャカルタの観音様さ」
 アンちゃんは、もはや物を言わなかった。彼の片腕をかかえて、グイグイつれだした。露路をまがると、ちょッとした暗闇の空地があった。男の腕がとけたと思うと、往復ビンタを五ツ六ツくらった。と、顔に一撃をくらッて、意識を失ってしまった。
 気がついたとき、男の代りに、立っていたのはキッピイであった。
「血をふけよ。紙をまるめて、鼻につめこむんだよ。鼻血の始末もできないくせに、この土地で大きな口をきくんじゃないよ」
 空地の隅の水道で、手と顔を洗わせた。
「利巧ぶるんじゃないよ。大バカでなきゃ、こんな目にあいやしないんだから」
 廻り道して大通りの近くまで一しょにきて、キッピイはさッさと戻って行った。


     五人目の人


       一

 放二は午ごろキッピイの自宅を訪ねた。これで四度目であった。キッピイはどこかへ泊りこんで、三日、家へ戻らなかったのである。
 四度目に、キッピイはいた。
 彼女は放二の根気にあきらめたようであった。
「あなた、何回でも、来るつもりなのね」
「ええ。お目にかかって、お話をうけたまわるまでは、何回でも」
 キッピイは有り合せの下駄をつッかけると、放二をうながして、外へでた。人通りのすくない道へ歩きこんでから、
「あなたはどういう人なのよ。記代子さんの何よ。ハッキリ言って」
「同じ社の同じ部に机をならべている同僚です」
「それから?」

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