した。記代子と二度ほど踊りに行ったことがあった。
尖った顔が、出来の悪い観音様に似て、南洋の娘のような甘ったるい腰つきをしている。なんとなく中年男をそそりたてる杏のような娘である。
「フン。杏娘に拝顔しようや」
ほかに行き場がなかった。どこにも、親しいものがない。多少、つきあってくれそうなのは、ルミ子ぐらいのものだ。そこは時間が早すぎた。
目的がきまると、やるせない気持も落付いてくれる。彼は新宿のマーケットで安焼酎をのんだ。一パイ三十円。三杯以上は命の方が、という説もあるから、ギリギリ三杯できりあげる。
杏娘はあんまり親切じゃないようだ。人ヅキのわるい娘である。しかし、記代子の友だちではあるから、赤の他人よりは身をいれて、失踪の話をきいてくれるだろう。それだけでよかった。
「アクビをかみ殺しているような顔さえしなきゃアたくさんなのさ」
杏娘の甘ったるい腰をだいて、踊りながら喋りまくっているうちは、太平楽というものである。
しかし、杏娘はホールにいなかった。一曲ごとにダンサーをかえてキッピイの居場所をきくうちに、十人目ぐらいで突きとめた。
こんなちょッとの困難に突き当ると、青木の勇気はわき立つのである。キッピイに会ったところで、どうせ、たいしたこともない。むしろ居場所を突きとめるという事業に熱中する方が、気持がまぎれるというものだ。
踊るうちに、酔いが沸騰していた。
「ここだな。ヤ。こんばんは。お嬢さん」
めざす店の女給にからみつかれて、青木はキゲンよく挨拶した。
「キッピイさん、いるかい?」
女は返事をしなかったが、その顔色で居ることを見てとると、それで青木は充分であった。カンの閃きに身をひるがえして応じる時が、彼の人生で最も順調な時間なのである。わずかに一分足らずであるが。彼はそれを心得ていた。わが人生の最良の一分間。
「ヤ。ドッコイショ」
彼はイスに腰を下して、たちまち彼をとりまいた女たちを一人一人ギンミした。キッピイはいなかった。
「コンバンハ。麗人ぞろいだなア。ビールをいただきましょう。ときに、キッピイさんをよんで下さい。陰ながらお慕い申上げているオトッチャンが、一夜の憐れみを乞いにあがったとお伝えして、ね。イノチぐらい捧げますと、ね。ねては夢、さめてはうつつさ。わかっていただけるだろうね。この気持は。年のことは、言いなさんな」
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