しいほど断定的な直線で構図されているのである。まるで八十の隠者のように。
 その構図は、肯定的で、楽天的であった。しかし彼女は自分が隠者に似ていることを自覚してはいないだろう。
「兄さんのドタ靴、ひどいわね。雑巾のような靴下。買ってあげるわけにもいかないし」
「どうして?」
「カズちゃんたちだって、買ってあげたいと思ってるのよ。でも、してあげてはいけないの。誰がきめたわけでもないけどね。この集団の本能的な嗅覚なのよ。誰かが禁を犯すでしょう。この集団はメチャ/\。最後の日だわ。兄さんは誰のものでもいけないのよ」
 数え年十九の隠者は、ここで又カラカラと笑って、
「これは、しかし、集団人の節度によるんじゃなくて、大半は兄さんの気質の産物よ」
 あどけなくて、明るい顔だ。ルミ子はホッと息をして、微笑した。
「でもね、先生。私たちのせいで、兄さんがドタ靴はかされてるんじゃないわ。元兇がいるのよ。凄い女ギャングが」

       九

「ドタ靴の元兇がね?」
「ええ。先生、知らない? その人」
「女ギャングをね。知らないな」
「婦人記者よ」
 長平の胸は騒いだ。まさか記代子ではないだろう、と思い直したが、人生ばかりは、どこで何がどうモツレているか、見当がつかないものだ。
「なんて名の人だい」
「姓名は何てッたッけな。私、いちど、見かけただけ。三十一の大年増よ。背が高くって、姿はすばらしいわ。立派な服装してるわ」
「わかった。梶せつ子という人だろう」
「そう、そう。それ」
 梶せつ子なら原稿依頼に来たことがある。はじめての時は、たしかに放二がつれてきたのである。つれてくる先に、放二の口添えがあって、恩人の娘だというようなことを言っていた。せつ子は「放二さん」となれなれしく呼んで、いかにも幼い時からの知りあいという風であったが、長平は人の私事をセンサクしないタチだから、そこまでしか知らなかった。
 せつ子は家庭雑誌の記者で、長平の書く雑誌と性質がちがっていたから、一度は義理で書いたが、その後はことわることにしたため、自然せつ子の訪れも絶えていた。
「梶せつ子がドタ靴の元兇だってのは、どういうワケだい」
「お金つぎこんでるから」
「どうして?」
「十年前から兄さんが思いつめた人ですって」
「北川がそう言ったのかい」
「いいえ。兄さんのお友達の人。でも、公然たる事実よ。兄さんの顔に
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