ぼくたちは、そうだぜ。みんな、とりみだしているだけなんだ。医者じゃないんだから、手当の仕様が分りゃしないじゃないか。この夜更けに君に会いにきたのだって、いわば手当の法を教えてもらいたいと思ったからだぜ。自分流儀じゃ、化膿してゆくばかりだからな」
 青木は涙をまぎらすような力のない笑い声をたてた。
 青木は今度のことについて、事の起りはどうあろうとも、責任を感じていた。それは年齢を考えてみれば、当然のことだ。
 一つにはヤケクソの気持があった。自分と長平との行きがかりから、こッちだって構うものかという気持がはたらいていたことは否めない。それをつとめて自制してきたことに多少の誇りはあるけれども、結局それがはたらいているのである。
 長平がそこを怒っているだろうと青木は考えていたのである。そこを怒られるのは、つらくもあるし、いくらか気のはれることでもあった。そして、怒られることによって、心が洗われ、二人の魂がふれ合うこともできるような、ひそかな愛情を感じてもいたのだ。恩讐の彼方に、という甘い友情に飢えていたのである。
 長年の仇敵がすべてを忘れて粗茶をくみ交し、四方山話にひたる。いかにも世捨人の慾のない交情を空想しているような甘さもあった。
 すべての空想は当て外れだ。長平は内々怒っているかも知れないが、彼が怒られるだろうと思ったところは、問題にしていないのだ。それは淡々として心が枯れているから、というようなせいではないのだ。
 なんて毒々しい男だろうと青木は思った。人間の毒気という毒気をすべて身につけているための、そして、あらゆる毒の上にアグラをかいているための落付きであり無上の寛容さであった。
 世捨人などとは以ての外の話である。およそ慾念のかたまりで、人生を毒と見ている鬼畜なのだ。
 青木は自分と長平との余り大きな距りに組み伏せられたようであった。共に通じ合う余地はなかった。避けて遠ざかるか、縋って甘えるか、どちらかしかないようだ。
 なんて傲慢な悪党だろう。青木はそう思う一方に、わが罪の切なさに、涙があふれてくるのであった。
「ねえ、長さんよ。どうしたら、いいのよ」
 青木はむせる涙に苦しんで、ころがって、頭をかかえた。涙のかわくのを待って、身を起して、
「ぼくは野たれ死んでも構わないし、自殺すりゃ、すむことなんだ。記代子さんを助けてやってくれよ。オレなんか、どう
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