とを言いなさんな。実際的にさばくッたって、根は気分が心棒じゃないか」
「ほんとかい? とつぜん行動するとき、気分をふりすてるもんじゃないのか。まるで気分と似つかぬことをやるもんじゃないのか。気分屋は、特にそうだぜ」
「それは、まるで、愛情にひきずられるな、というみたいだね。あわれんでも、いとしがっても、ムダなのかな」
 青木はつぶやいた。そして、全身に敵意がこもった。
「わかったよ。長平さん。そして、ぼくは安心したよ。大庭長平という人は、自分勝手すぎるぜ。あなたは、自分の姪が、どうなっても構わない自分だけの人なんだ。たとえば、子をだいて、男にすてられようと、どうなろうとね。ねえ、長平さんや。ぼくはあなたにヒケメを感じていたんだ。記代子さんのようなウブで世間知らずの可愛い娘を、ぼくのようなオイボレ敗残者がいつまでも自分のものにしておくというイタマシサについてね。しかし、今はそうじゃない。あなたのような冷めたい人にくらべれば、ぼくの方がどれぐらいあの人の親身の友であるか知れないんだ。ぼくはもう、安心して、あの人を誰の手にもやらないよ。愛すことも、すてることも、ぼくの自由だ。いずれにせよあなたにくらべて、ぼくの胸に愛情がこもっているのだから」
 長平は返事をしなかった。ウイスキーを青木にさした。
「まア、のめよ」
「そろそろ、帰るとしよう」
「オレがどういう人間であろうと、オレのことが記代子を愛す愛さないの標準になるてえのは、どういうわけだね。君は、まるで落付いていないな」
「だからさ。全然、とりみだしでいるんだよ」
「オレは、まったく、記代子がどうなろうと構わないと思っているよ。君にすてられようと、愛されようと、それで記代子の一生が終るわけではなしね。どっちへどうなろうと、その又次にも、何かがあるものだよ。事がなければ幸せだというわけでもなしさ。亭主が立身しようと、貧乏しようと、そこに女の幸福の鍵があるわけでもなし、さ。幸福の鍵なんてものは、もし有るとすれば、一つしかないものだ。いつも現実の傷を手当てしろ。傷口をできるだけ小さく食いとめ、痛みを早く治せ。それだけの対症療法があるだけさ。君は、何か、手当てについて、考えたり、やってみたり、したかい?」

       七

「君は太平楽な人さ」
 青木はしみじみ呟いた。
「対症療法だって、人間はみんな患者さ。すくなくとも、
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