オデン屋のオヤジが見かねて、
「良い年をして、くどいよ。いい加減に、よさねえか」
「だまってろ。チンピラ善人。よって、たかって、甘えてやがら。お前さんたちが甘えるッてことは、甜《な》めるッてことなんだぜ。お前さんたちが甜めてるものが、ホンモノなのさ。そんなことは、お前さんたちには、わからねえやな。オレはこの街の神様に、放二さんにさ。甘えにきたんだ。だから、ツバをひッかけてるのさ。そんなことは、お前さんに、わからねえのさ。チンピラの宿命だからな」
青木の顔には脂汗とせせら笑いがにじんでいた。
「なア。放二さんや。あんたが、童貞だか、そうでないか、知らないが、とにかく、あんたは、童貞という規格品ですよ。童貞マリヤのメダイユみたいに、パンパンだの淫乱娘の胸に鎖をつけて吊るされているかも知れないが、あんた自身は、生きている何物なんだろうな。人間はノドがかわくと、水をのむんだ。神様だって、そうなんだぜ。あんたは、ノドがかわいてもジッと我慢するだけじゃないか。それが、どうしたってのさ。え、オイ、規格品。しッかりしろよ。しみッたれるな。可愛がられるなよ。憎まれろよ。だからさ。オレが憎んでやるんだ。なア。あんたには、いくらか、わかるだろうな。オレの愛情というものがさ」
「自分だけ、偉いと思ってやがるな」
「チンピラはだまってろ。オレが偉いと思ってりゃア、こんな子供のところへ甘ったれに来やしないやね。天に向ってツバを吐いてるのだぜ。お前さんなんぞは、ツバは地に吐いてると思ってやがる。それしか知らねえのだからさ。お前なんかに可愛がられちゃ、人間はオシマイなのさ。ひもじいパンパンや学生かなんかに、オデンを一皿めぐんでやって、けっこう善事をはどこしたと満足してやがら。うすぎたないぜ、この町は。しみッたれた人情がしみついてるよ。軽蔑されたいとか、憎まれたいとか、肝心なことは忘れてやがる」
「でろ」
オヤジは店の外へまわってきて、青木を突きだした。
「そんなことしか、知らねえな。そうだろうと思っていたのさ。なア、おッさんや。お次は、パンパンと、ひッぱたくか。よかろう。やってもらいたいね」
「おのぞみかい」
四ツ五ツ往復ビンタをくらわせた。青木はせせら笑って、なぐられるままに、まかせていた。
オヤジはふりむいて、店へひッこんだ。青木は追わなかった。ふらふらと放二のアパートへあがりこみ
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