かけた納屋を見つけた。彼は無言でキミ子の腕をとり、ぐいぐいと納屋へ歩いた。太平はキミ子を抱きすくめた。するとキミ子は彼よりも更に激しい力をこめてそれに答へ、思ひがけない数々の優しさのために、太平は気違ひになるのであつた。気がつくと、彼等は埃だらけになつてゐた。太平の手足も、キミ子の腕も脚も、あたりの材木や枯枝のために無数の小さな傷となり、血が滲んでゐた。
ボートは何事もなかつたやうに川を下る。太平は舵をとるだけで、いくらも漕がずにすむのであつた。キミ子は何事もなかつたやうに仰向けにねて額に両手を組合せ目をとぢてゐる。その肌は陽にさらされて、赤く色づきはじめてゐた。太平はその肉体に縛りつけられた自分を知り、それを失ふ苦痛に堪へられぬ自分を知つて、そのあさましさに絶望した。太平は肉慾以外のあらゆるキミ子を否定し軽蔑しきつてゐた。ひときれの純情も、ひときれの人格も認めてをらず、憂愁や哀鬱のべールによつて二人のつながりを包み飾つてみるといふこともない。たゞ肉慾の餓鬼であつた。
彼はもはやキミ子が情死を申出ないことを知つてゐた。太平は肉慾の妄執に憑かれてゐたが、情死に応ずる筈はなかつた。彼は
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