もはや堪へがたいものになつてゐた。彼はもう白日の下であることも、見通しの河原であることも怖れない気持になつた。見渡すと、ひろい河原に人影がなく、小さな叢が人目をさへぎる垣になつてゐることを悟つた。太平はキミ子を抱きよせた。ふはりと寄る一きれの布片のやうな軽さばかりを意識した。キミ子は待ちうけてゐたやうだつた。優しさと限りない情熱のみの別の女のやうだつた。キミ子は強烈な力で太平を抱きしめ、黒い土肌に惜しげもなく寝て、青空の光をいつぱい浴びて、目をとぢた。
太平は再びキミ子の魔力に憑かれた不安で戦《おのの》いた。冬の夜更に脱がなかつた外套と同じやうに、青空の下で、キミ子は全ての力をこめて太平をだきしめ、そのまゝ共に地の底へ沈むやうな激しさで土肌に惜しみなく身体を横たへた。その強い腕の力がまだ生きてゐる手型のやうに太平の背に残つてゐた。
いつ頃のことであつたか、あるとき花村が情慾と青空といふことをいつた。印度の港の郊外の原で十六の売笑婦と遊んだときの思ひ出で、青空の下の情慾ほど澄んだものはないといふ述懐だつた。すると舟木が横槍を入れて、情慾と青空か。どうやら電燈と天ぷらといふやうに月並ぢ
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