横へドッカリ坐る。碁敵《ごがたき》に事欠く場所ではないのであるから、太平はその特別の友情を一応訝るのであつたが、庄吉は太平の外の人々には目で挨拶を交すだけの友達すらも作らなかつた。一風変つた男の性格的な嗅覚であらうと、太平も率直に受入れたが、何か大きな孤独の中で特別の人間苦を見つめてゐる男であらうといふやうな想像は、後日になつて附けたしたものであらうと思はれた。
 ある日のこと二人は偶然場末の工場地帯の路上で出会つた。太平のアパートはこの工場地帯にあるのだが、庄吉は機械ブローカーで(彼自身小さな工場主でもあつたが)この土地へ機械の売込みに来たのである。二人は場末の碁席で手合せをして、夜になると酒を飲んだ。もう電車がなくなる時刻だな、とか、家へ帰れなくなるなア、などと口先では言ひながら、庄吉は落着き払つてゐて、帰れなくなることを予期してゐる様子であつた。
 翌朝太平の陋室《ろうしつ》で目覚めた庄吉は、学生時代によみがへつた若々しさで、目を細くして殺風景な部屋の隅々まで見廻して一つ一つ頭に書入れてゐるやうな様子であつたが、その様はなつかしさに溢れてゐた。今日は君が俺のうちへ遊びに来る番だぜ
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