せぐ手がない。二階へ上る。書斎の唐紙をあけると、さすがの林忠彦先生も、にわかに中には這入られず、唸りをあげてしまった。
彼は然し、写真の気違いである。彼は書斎を一目見て、これだ! と叫んだ。
「坂口さん、これだ! 今日は日本一の写真をうつす。一目で、カンがあるもんですよ。ちょッと下へ行って下さい。支度ができたら呼びに行きますから」
と、にわかに勇み立って、自分のアトリエみたいに心得て、私を追いだしてしまった。写真機のすえつけを終り、照明の用意を完了して、私をよびにきて、三枚うつした。右、正面、その正面が、小説新潮の写真である。
昨日、未知の人から、こんな年賀状をもらった。
新年おめでとうございます。
どうも先生は私より二十何年か先輩でありますから、大兄もヘンだし、安吾さんもおかしい。失礼と存じまして、先生と呼んだんで、根が小心者なので、呼び方から、おッかなびっくり、然し今日は二十三年の一月二日、大変よい日と思いましたのは、書きぞめの日だからであります。
先生の作品はだいたいに私の気持と共通し、安吾もなかなかヤリおると深い感動に打たれておりますが、まだいくつも読んでいません。なぜなら、雑誌二十円は高い。単行本にまとめて読んでやろうと思っていると、七十円八十円では、私はルンペンだから手が出ず、借りて読むという手があるから、マア、だいたい読んでる次第です。(中略)
しかし、先生は正直ですね。おだてるのではないが、全く、正直ですよ。そのショウコが、昨年三十一日、私は小説新潮を見ました。モウレツな勢いで机に向っているのが出ていました。写真がですよ。机の四方が紙クズだらけで、フトンもしきっぱなしになってました。
私は見ているうちにニヤニヤしました。やってるな、なかなか、いいぞ。あのフトンの上に女の一人も寝ころばしておけば、まア満点というもんだが、安吾もそこまで手が廻らんと見える。けれども、とにかくいいぞ。度の強い眼鏡の中の鋭い目玉、女たらし然と威張った色男。ちょッといけますな。この意気、この意気。
先生の小説が騒々しいのによく似てる。ガサツな奴は往々にして孤独をかくしているという、それなんですね、先生は。
あれは天下一品の写真だから買おうと思いましたが、二十円だから、やめました。いやどうも失礼なることを書きならべ申訳ありません。(下略)
この手紙の主は、東
前へ
次へ
全3ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング