。まさしく彼はキチガイである。端坐して、と云いたいところだが、椅子にかけているから、キチンと両膝をそろえて、シンミリ私を見つめたと思うと、うつむいて、ポタリと一としずく。驚いたの、なんの。
「わが友よ」
彼は涙をふりはらって、おごそかに石の肝臓を指した。
「これなる肝臓はわが畏友、わが師、医学士赤城風雨先生の記念碑である。われら同志よりつどい、先生の高徳をケンショウしてそぞろ歩きの人々に楚々たる微風を薫ぜんため、これを目立たぬ街角へ放置せんとするものである。汝が詩を書かねばならぬのは、この肝臓の碑面であるよ」
私は涙腺がシッカリしているから、とてもキチガイにウマを合わせることができない。
「詩なんてものは、時間の意識が長々とした時世に存在したものなんだな。ボクなんかは、ピカドンというような微塵劫《みじんこう》的現実に密着しているから、そぞろ歩きに微風を薫じるような芸当はとてもできない」
「まア、いいさ。今に、わかる」
彼は又、咒文《じゅもん》をとなえた。
「君がいくらデカダンぶっても、赤城風雨先生の苦難と栄光にみちた一生をきいて、センチにならないはずはないさ。今に、君の涙腺もネジ
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