第であります」
先生がこう云って座につこうとすると、言葉も終らないかにスックと立ったのは長崎医大の角尾教授である。この教授はその後原子爆弾で死なれた由である。
「ただ今の赤城先生のお話は感動と尊敬をもっておききしました。人口いくばくもない辺地の診察室で、この事実に着目して診療に当っていられることは、同氏の研究熱心と、深い学識と、医師としての良心を証して余りあるものであります。戦争以来、特に最近年に至って肝臓疾患が激増しつつあるのは事実であり、今や我々は、診療に当って、尿や便を検査すると同様に、あらゆる患者の肝臓を診る必要があるのであります。赤城先生のお話がありましたので、私からも、一言この点を御参考までに申上げる次第です」
先生は感動に目がくらみ、夢中に立ち上って、
「はからずも角尾先生の御激励のお言葉をいただき、孤島にひとり配所の月を眺めてくらす肝臓医者たるもの、閉ざされた冬の心に春の陽射しの訪れをうけた思いが致します。診療に当り尿や便の検査同様、肝臓を診よとのお言葉は、われわれ臨床家の金言となすべきもの、心に銘記して、終生忘れません。まことに、ありがとうございました」
こう云
前へ
次へ
全49ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング