、はじめから劇的奇怪性突飛性をはらみ、煩悶、混乱、先生をして右往左往せしめてきた。ために先生は骨をけずり肉をそぎ、したたる汗に血涙のにじむ月日を重ねたのである。しかも尚、力足らず、患者は激増し、流行性肝臓炎は日本全土を侵略しつつある。慟哭したい悲しさだ。
しかし、この日、鳴りやまぬ拍手大カッサイを耳朶《じだ》にのこして、静坐冥想した先生は、深く心に期するところがあった。これぞ神の告げたもうシルシであろう。慟哭をすてよ。狐疑をすてよ。逡巡をすてよ。汝の力足らざることを嘆くな。肝臓医者とよばれることこそ光栄である。余生をあげ、血涙をしぼり、骨をけずり肉をそぎ、汝の息の限り、肝臓炎と闘え!
闘え! 闘え! 流行性肝臓炎と!
闘え! 闘え!
闘え!
★
ある日、先生が好古堂という骨董屋で、万暦《ばんれき》物のニセモノの小茶碗を手にとりあげて眺めていると、道の左右から自転車にのった男が走ってきて、店の前でカチ合って車を降りて立話をはじめた。
「お宅の娘さんが病気だって話じゃないか。よくなったかい?」
「それが、どうも、はかばかしくいかないのでね」
「そいつア、よ
前へ
次へ
全49ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング