には有為の人材がよりつどい、日夜うむことなく研究に従事している。足の医者たる者には、足の医者たるの本分があって、個々の患者の治療に従事して、よりすみやかに健康をとり戻してやるのが小さなしかし尊い仕事でなければならぬ。
 しかるに、何たることであろうか。患者のすべてが肝臓を腫らしているとは! 神が特に赤城風雨を選んで、これを与えたもうたのであろうか。
 先生の煩悶は真剣であった。この肝臓炎の真相を究めて天下に公表することが神の意志であるかと思案にくれたからだ。
 しかし、先生はついに自分の行くべき道をとり戻した。肝臓のこの謎を学理的に解明することは自分の任務ではない。それは研究室の人たちが果すべき役割である。
 一介の足の医者として全うすべく志をさだめた上は、あくまで臨床家としての本分のみを果すべきだ。粉骨砕身して治療に当り、病人の苦痛をやわらげ、一日もすみやかな治癒にのみ腐心して、伊豆の辺地の何百人かの人々の手足となってあげることが大切なのだ。
 かく観ずることによって、先生は安心を得た。否、かく観ずることによって、その時以来、さらに逞しい闘志に燃えたち、診察を乞う人々のあらゆる肝臓の
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