とができない。町医者としては、ここはツライところであるが、恩師に似なければいけないから、仕方がない。
汝は何者であるか、ときかれると、さしずめ、人々が肝臓医者さと答えてくれるところを、先生は、余は足の医者である、と答えるのである。町医者というものは、風ニモマケズ、雨ニモマケズ、常に歩いて疲れを知らぬ足そのものでなければならぬ。天城山の谷ふかく炭やく小屋に病む人があれば、ゲートルをまき、雲をわけて、走らねばならぬ。小島に血を吐く漁夫があれば、小舟にうちのり、万里の怒濤をモノともせず、ただひたすらに急がねばならぬ。それが町医者というものだ。
町医者は私人としての生活をすくなからず犠牲にしなければならないものだ。急病人の知らせをきけば、深夜に枕を蹴ってとびだして行かねばならず、箸を投げすてて疾走して行かねばならぬ。病める者の身を思え。病める者を看る者の心を思え。足の医者として誠実に生きたいというのが先生の念願であり、この町の何人かの人々が、先生の存在によって心安きを得たという小さな事実をよろこびとして、つつましい一生を終れば足ると思っていたのである。
そこへ起ったのが戦争だ。これが先生
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