のためか、諸国の織物については変にこまかい知識があった。また布地を集める趣味などもあって、それが敗戦後の生活に大そう役に立ったのであるが、明治、江戸、室町時代ごろまでの布地なども多少は手もとに集めていた。自分の趣味のためではなくて剣術のお出入り先でそれを高く売りつけるような商法を昔からやっておったのである。
古い紺ガスリのサツマ上布が幸いにもまだ手もとにあるから、それに花色木綿の裏をつけて――落語では笑われるかも知れないが、このゴツゴツした服装こそは、雇われマスターとして大通の装束ではないか、なぞとホレボレと考えこむのであった。静々と板の間に手をつき額をすりつけて、
「いらせられまし」と最後の音を舌でまるめて飲みこむように発音する。
狂六が云ったではないか。七十にして益々若返り、十七八のチゴサンのようなミズミズしい色気が溢れている、と。自分でも近来とみにそのミズミズしさが自覚され、なんとなく変テコな気がしていたが、さては人々の目にまで十七八のチゴサンのミズミズしさが判ったのであるか。まさに神蔭流の奇蹟であろう。敗戦とともに、それまで一日たりとも休んだことのない竹刀を振りまわすのをや
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