めたために、精気が陰にこもって内から発するに至ったのかも知れない。七十にして十七八のチゴサンへの若返り。ああ、奇蹟なるかな、奇蹟なるかな。
「剣できたえたこの身体はヒロポンなぞうたなくッてもミズミズしく若返るのだ。女学生に惚れられるのも悪くはないな。その体力には自信があるなア」
 ちかごろは鏡を見るのがタノシミだ。ためつすがめつ鏡を見たくて仕様がなかった。どこがどうということもないが、どこを見ても満足であった。自分自身のあらゆる部分が一切合財、鏡で再認識することによって、ただもう満足で仕様がない。しかるに旅館開業どころか、この邸内から追んだされるかも知れないというから、玄斎が神蔭流の奥儀に反して驚倒したのは仕方がなかった。ミズミズしい老体もムザンに打ちしおれて、
「実に狂六先生とも思われぬ重大なる失言でしたなア。しかし、狂六先生は新時代を深く理解せられ、また新時代の方も狂六先生を理解している如くでありまするから、どうぞ、先生、お助け下さい」
「ハ? お助けするんですか、ワタシが? 変なことを云うなア、剣術の先生は。アナタちかごろ、ちょッと変じゃないですか。奥さんが云ってましたぜ。日に二
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