ある。
そこで狂六が並木先生に云った。
「おかしいねえ。アナタ、医者だろう。そのくせ、なぜ、誰がいかなる薬品で殺したかということを考えないのかね。アナタ、つまりそれを考えたくないのだなア、そこで心理問題の方へはぐらして、ごまかしてるんだね。つまりさ、アナタが殺したからだろう」
こう云われても、並木先生は、誰か他の人がそう云われた如くに全然平然として、いつも傍観者のような顔をして安らかな笑いをうかべていた。
「オレにだけ白状したまえよ。気が軽くなるよ。ボクはね。一作氏を殺した人に敬意を払うとかねて神仏に約束してるのだから」
「この犯人は非常に性慾が強い人だね。アナタも性慾が強いが、玄斎先生が七十の老人ながら、まだまだあの方は四十三十の壮年の如くですね」
「この人は医者の学校で何を勉強したんだろうね。いかにごまかすためでも、医者は医者らしくごまかせないものかねえ」
「ここに一ツの例がありますが、玄斎先生はこう考えたのだね。婦女子を喜ばせるためには、口説くのが何よりである、という考えです。これは老人が人生を達観した後に会得する考えの一ツでして、苦労人の見解です。そこで玄斎先生は花子夫人に
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