のハズに向つて話すことがいつも決まつて人間は面白おかしく暮さなければ損だといふことなの。つまり貞操だの一夫一婦だのつてことに拘泥せずに、もつと気楽に快楽を追ひ、したい放題に耽らなければ生きてゐる値打がないつていふ理論なの。勿論私にだけ言ふわけぢやあなく、ハズに向つて言ふ時の方が却つて多いし、とつても熱心に力説するのよ。それがいつものことだつたわ。聞きてが私一人のときは、話すことが一層微細で通俗的で具体的よ。つまりどこの誰それはどういふ浮気をしてゐるとか、どこの誰それは夫婦合意の上で浮気を許し合つてゐるとか、そのためにその人達の身辺が爽やかで、遊びに行つてみると如何にもこつちまで気持がのび/\するやうだ、なんて話すのよ。普通の夫婦でもなんだから、まして無能者を良人《おつと》にもつ女は当然浮気の権利があるんだつて、そんなことまでハッキリ言つたわ。とても真面目に、厳粛な顔付でハッキリ言ふのよ。聖人のやうに厳粛で、私を口説くやうな素振りなんか微塵もないし、あの人自身が浮気さうな感じなんかどう考へてもないやうだから、あの人の言葉が怖いくらゐ真理にきこえてくるのよ。本気に私を憫んで、さういふ聖人の
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