せたやうに言つてたのかい?」
「いいえ、さうも言はないけど、雨宮さんは昨日から姿を見せないもの」
「雨宮は何も話さないが、周章てて引越したほんとの理由はどういふところにあるんだい? あの男は有耶無耶の誤魔化しばかり言つてゐて、僕には皆目のみこめないのだ」
蕗子は表情の失せた顔付をして暫く黙つてゐたが、
「みんな言つてしまふわね。隠してゐると気持が悪いわ」と言つた。さうは言つたものの又暫くためらつたのち、
「憤慨しないで下さいね」前置きして語りはじめた。
「ほんとは私にハズがあるの。ハズのところから逃げだしてきたのよ。ところが雨宮さんはあのアパアトにハズの友達がゐるつて言ふの。雨宮さんは私があのアパアトにゐることを知らずに、お友達のところへ遊びにきたんですつて。そしたらそのお友達が同じアパアトに私のゐることに気付いてゐて不思議がつてゐたつて言ふのよ。そこであのアパアトにゐたんぢやおそかれ早かれハズの耳にも伝はるからと言ふので、その人の留守のうちに一時も早く越した方がいいと言つて、あたしもすつかり面喰つてその気になつたの。その朝のうちに忽ち此処へ越してきたのよ」
「アパアトに友達がゐるな
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