することもできるのだから、自分の心境にあてはめて、伊東伴作と蕗子の間もそれくらゐのものと案外軽く見てゐたやうに思はれないこともないが、あの旺盛な感応力があるためにすつかり内攻に疲れてしまつた紅庵の広く深い精神生活を考へてみると、そんな子供騙しのやうな言ひ訳はきかないことで、やつぱり常人以上に素早く二人の肉体の交渉に気付いた筈だと断定せずにゐられなかつた。その紅庵がなんで又白々しく二人の関係に気付かなかつたと言ひだしたのだらう? 生真面目のやうで案外底意地の悪いところもある紅庵だから、神妙に言ひ訳するやうな顔をして実は冷やかし半分の気持が腹の底にあるのかも知れぬが、それはそれとしておいて、このうつかりした言葉の中には紅庵のほんとの気持が隠されてゐるのではあるまいかと伊東伴作は考へた。
 つまり雨宮紅庵は惚れた女を連れ出しはしたものの匿《かくま》ふ場所に窮して、安全な隠れ家を探したあげく、伊東伴作に女を一時まかせておくといふ手段のあることを発見した。といふのは、伊東伴作も幾分紅庵に似たところのあるディレッタントで頭の中には過剰すぎる考へごとが渦まいてゐても実行力はないといふ、すくなくとも紅庵の考へでは自分の親類筋の一人のやうに見当をつけた形跡がある。伊東伴作に女の身柄を預けておくぶんには、女の身体が汚されるといふ心配はまづないやうに計算したのではないだらうか? 女を連れてくる早々、男と女のことだから自然に二人の関係が身体のことに進んでみてもやむを得ないことぢやないかと無理なくらゐ言ひ強めたのも、今となつて考へてみると、つまりお前にはさういふことができないのだと多寡をくくつて冷やかしてゐた文句のやうにとれないこともないのであつた。多寡をくくつて冷やかすといふほど露骨なものではないにしても、肉体の交渉をおよそなんでもないことのやうに言ひ強めた心理の底には、逆に肉体の交渉が紅庵にとつては最大の関心事であつたことを示すところのものがあると解釈しても不当のやうには見えなかつた。さういふ風に考へてみると、毎日夜がくるたびに伴作を蕗子の部屋へ残しておいて、自分は甚だ気を利かしたやうな勿体ぶつた様子をしながら、そのくせ案外うろたへ気味で帰つていつた、紅庵の姿を思ひだすと、さういふ姿の半分くらゐが例の通り半ば意識し計算した身構えではあるにしても、計算をはみだしたところにこの男の全悲劇が錯
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