鬱であつた。諸国の美女をあつめても心は晴れず、魂は沈みこむばかりであつた。不健康は顔にあらはれ、面色は黄濁し、小皺がつもり、口が常にだらしなく開き、顔の長さが顎から下へ延びて垂れてゐるやうな様子であつた。眼だけが陰気に光つてゐた。彼は生きた人体の解剖に興味を持ち、孕み女の生き腹をさき、盲人をやにはに斬つてうろたへぶりをたのしみ、死ぬ人間の取りみだしたけたゝましさ見ぐるしさに沈鬱な魂をわづかに波立たせた。食事の飯に砂粒があつたといふので料理人をひきだして口中へ砂をつめて血を吐くまで噛ませ、貴様は砂が好きなさうな、もそつと噛め、俯伏すのを引起して片腕をスポリと斬落して、どうぢや、命が助かりたいか、ハイ、助かりたう厶《ござ》ります、左様か、然らばかうしてとらせる、残る片腕をスパリと斬落す、どうぢや、まだ、助かりたいか、料理人はクワッと眼を見開いて、馬鹿野郎、貴様の口は鮟鱇に似て年中だらしなく開いてゐるから砂があるのは当り前だ。秀次は気違ひのやうにその首を斬落した。

          ★

 熱海温泉で秀吉の苛立つ様を思ひ描いてことさら逗留を延してゐた秀次は、小さな鬱を散ずるあまり大きな敵
前へ 次へ
全19ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング