。
五大老、五奉行に誓紙をかゝせ、神明に誓ひ、秀頼への忠誠、違背あるまじきこと、血判の血しぶきは全紙に飛びちり、ぽた/\落ちた。それを棺に入れ、抱いて眠るつもりであつた。肉の朽ち白骨と化すごとく、紙も亦土に還るであらう。
秀吉は病床の枯木の骨を抱き起させ、前田利家の手をとり、おしいたゞいて、大納言、頼みまするぞ、頼みまするぞ。利家はたつた一人の親友だつた。枯木のうちに、不思議に涙はあるものだつた。
秀吉はふと目をひらいた。もつと大きな目をひらくために努力してゐるやうだつた。そして突然顔が目だけであるやうに大きくうつろな穴をあけた。古いすゝけた紙のやうに濁つて鈍く光つてゐた。朝鮮の兵隊たちを、あとはよく聞きとることが出来なかつた。殺すな、と言つたやうだつた。そして眼がだんだん閉ぢた。秀吉は死んでゐた。
底本:「坂口安吾全集 04」筑摩書房
1998(平成10)年5月22日初版第1刷発行
底本の親本:「社会 創刊号」鎌倉書房
1946(昭和21)年9月20日発行
初出:「社会 創刊号」鎌倉書房
1946(昭和21)年9月20日発行
入力:tatsuki
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