に悪戦苦闘の切ない思い出が数々あるのであろう。そして、昔も今も、寄席から寄席へ、いくつかのカケモチを、電車にもまれてとびまわり、こまかく稼いでいらッしゃるのだろう。席亭から席亭へ自動車でのりまわすような気楽な生活ではないことが分る。
これだけ痛切に自分の言葉を語ればタクサンだ。大学の先生は、自分がはずかしいと思いつけば、まだ利巧なのだが、そう思うどころか、重ねて、天下の政治は? といらッしゃる。イヤ。どうも。ヘッヘ。
文化人だの何だのと大そう憂国の至情に富んでるらしい方々は、たいがい、こういった妙テコレンなアイクチを胸にかくし、何くわぬ顔をして人を訪ねてきて、いきなり隠しもったアイクチをつきつける。そんなことに一々返事していられますかい。
大工だの師匠だの市井人というものは、見ず知らずの人に政見を語るほど、ウヌボレも強くはないし、ヒマ人でもないものだ。ハッキリと、自分の生活をもってるのだから。
文化人というものは、ウヌボレ屋で、ヒマ人で、自分の生活をもたないのである。私のところへ訪ねてきて、一席政見をのべてきかせる。きかせてくれと頼みやしないから、もう、タクサン、おかえり下さい
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